第2章 その27 旅立ち前夜。心構えと再確認
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「嫁御。明日は、我が弟と成人の儀に旅立つのだな」
カントゥータはクイブロとカルナックに、真剣な顔をして向き合った。
「ここまでくれば、もちろん心の準備はできているだろうが、念のために確認をしておこう。まず、登る道だ」
「うん、わかってる。『輝く雪』の祭りで行くところだろ」
エナンデリア大陸には東西の背骨と呼ばれる、南北に長く連なる山脈が二つある。
一つは東側にある、活火山があるために真冬でも雪を被ることのない黒き峰、夜の神の座ソンブラ。
そしてもう一つ、西側にあるのが万年雪を頂く白き女神の座ルミナレスである。
四年に一度、ルミナレスの中腹に、近隣のみならず各地から多くの人々が集って行う、雪の祭りがある。
それは『輝く雪と氷』…コイユル・リティ…の祭り。
この「欠けた月」の一族、アティカの村においては、四年に一度とは、投石戦争が開催されるのと同じ年に『輝く雪』の祭りが行われるということである。
「そうだ。祭りの最後の七日間に『神がかりの七人』が雪渓を登り詰めて氷を掘りに行く、その場所だ。ルミナレスの頂上。そこに初めて行く者は、銀竜様に会う。しかし全ての者に銀竜様が降臨するわけではない」
カントゥータは十五歳の時に成人の儀を経験し、銀竜に会って加護を得た。投石戦争を迎えたのは、その2年後だった。
「強く思えば叶う。嫁御を悪夢の中から救いだしてきたというおまえだ。きっと大丈夫だろう。応援しているからな」
カントゥータは、満面の笑みを浮かべた。
「姉ちゃん、ありがとう」
「カントゥータ姉さま。きっとクイブロはだいじょうぶ!」
クイブロとカルナックは、揃って大きく頷いた。
「竜という存在は大陸の各地に在ると聞くが、わたしはまだ会ったことが無い。竜と会うとは? 加護とはなんだ?」
この『欠けた月』の一族の村の慣習である、成人の儀と、銀竜の加護とは、まったくもって初耳であるコマラパが尋ねる。
「具体的な能力向上だ。わたしの場合は、『戦闘能力があがる』という加護だった」
カントゥータが答えた。
「それはわかりやすいな」
「その加護が重要よ」
精霊のラト・ナ・ルアが言う。
「ルミナレスの、銀竜は、イル・リリヤが、かつて人間を守るために遣わした存在。イル・リリヤの機能をセラニス・アレム・ダルが阻害しても、銀竜は本来の姿を持ち続けている。銀竜の意思を正しく読み取ることを伝えてきた、あなた方『欠けた月』は、セラニスの影響を受けていない本当のイル・リリヤ直属の使命を帯びた民なの」
「へえ? よくわかんねえけど、もしかしてすごいことか?」
きょとんとするクイブロ。
「今はまだ、わからなくてもいいわ」
ラト・ナ・ルアは、彼女にしては柔らかい笑みを浮かべる。
「だから、がんばってクイブロ。ぜひとも銀竜に会って、強力な加護を得て、あたしたちの愛し子カルナックを守り通して」
「ラト。そう急かすこともないよ。わたしたちのカルナックと婚姻の誓いを交わした人間なのだから。必ず彼はやってくれるさ」
レフィス・トールの言いようは穏やかだが、内容はやはり厳しかった。
「まあまあ。レフィス殿、ラト殿。二人ともよく承知しているさ。存分に休ませてやりたいところだが、朝早く発たねばならんだろうな」
コマラパは二人をというよりカルナックを休ませてやりたいのである。
「まかせとけ!」
クイブロは胸を張る。
「がんばるよ、ぱぱ」
カルナックも、こぶしを握った。
「うむ。しかし、おまえは頑張りすぎるな。身体を大事にしろ」
悪夢から帰ってきたカルナックは、時々、コマラパのことを「ぱぱ」と呼ぶ。
コマラパもまんざらではないように相好を崩す。
「そうだ、これだけは言っておく」
きりっと表情を引き締めたコマラパが、クイブロに向き直る。
「いいかクイブロ。成人の儀に臨む間、カルナックに手を出すな。それから、キスも禁止だっ!」
「えええええ!?」
「こら。そこでなんで驚くかな? バカ愚弟。何か期待していたのか?」
すかさずカントゥータがクイブロの頭を叩いた。
「キスして、また育ったらどうする。今、ちょうどいい年の差だ。これ以上大きくなったら、おまえより嫁御のほうが年上になってしまうぞ」
「そうよ。やめてよね。カルナックは精神的には、まだ幼い子どもなんだから! 婚姻の契約を交わしたって言っても、形だけって思ってちょうだい。でないと、あたしたちは、カルナックを精霊の森に連れて戻るわよ!」
ラト・ナ・ルアは、少し怒っていた。
ラトとレフィス・トールは、精霊火によって命を拾ったカルナックを守り育てるために在り、精霊の森で大切にカルナックを守ってきた。
カルナックの願いにほだされて外に出ることを許すのではなかったと後悔している。
外て初めて出会ったクイブロに一目惚れされ、求婚されて。
二人ともまだ子どもなのに婚姻の誓いを交わすことを許したのは世界の大いなる意思の示唆によるものだが、ラト・ナ・ルア自身は、まだ早すぎたという思いがぬぐいきれない。
「でも、カルナックを過去の悪夢から助け出してくれたことには感謝しているわ。だから猶予を与えるのよ。せいぜいがんばってね?」
なぜ疑問符?
コマラパは思ったが、追求しなかった。
下手に突っ込んで自分に矛先が向いて欲しくはないからである。
「では、早く休んでおけ。クイブロは両親と一緒に。カルナックは、わたしと精霊たちと一緒に休む」
「えっ、そんな」
「ぱぱ!?」
「成人の儀に赴けば、どうせ二人きりで何日も過ごせるのだから、今夜ぐらい、いいではないか」
こうして、旅立ちの前夜は親子水入らずで過ごすということになったのだった。




