第2章 その23 クイブロ対ガルデル。投石戦争に学べ!
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「しかしセラニスめ。よりによって沙織の姿を借りるとは。許せん」
セラニス・アレム・ダルが、ラト・ナ・ルアと嫌味の応酬を繰り広げているのを、ちらと見やり、コマラパは、何気なく独り言を呟く。
セラニスがガルデルに近づくために、レニウス・レギオンの実母である『白い魔女』の姿を写し取ったことに、コマラパは深い憤りを感じていた。
「サオリ? だれ?」
その名を聞きつけたカルナック(レニ)は、きょとんとしている。
実の母親『白い魔女フランカ』と引き離されたのはレニが赤ん坊の頃だ。顔も覚えていない母の前世の名前を、知るはずもない。
「おまえの本当のお母さんのことだよ。『白い魔女』と呼ばれていた」
「しろい、まじょ? おれの、ほんとの、おかあさん?」
だったら知っていると、レニは言った。
「かあさま……おれをそだてた、グリス(灰色)が、いってた。ルーンをおしえてくれたときに。『しろいまじょ』フランカが、せんせいだったって。でも、しんだって」
黒曜宮に一緒に攫われてきた我が子レニを奪われそうになって抵抗したからガルデルの兵に殺されたのだとは、育ての母グリスはレニに告げなかった。
「まいにち、かんがえてた。ガルデルもグリスも、ほんとうのおやじゃない。きっと、ほんとうの、おかあさんや、おとうさんが、どこかにいるんだって」
「そうだよ。わたしが父だ。本当のお母さんは、『白い魔女』フランカだったんだよ」
「じゃあ、あかいまじょは」
「赤い魔女は、フランカの姿を借りている。だが、顔や姿が似ているだけだ。本当のお母さん、フランカは、おまえと同じ黒髪で、黒い目だ。全然ちがう。素晴らしい女性だったんだ!」
コマラパは力説した。
赤い魔女は、『白い魔女』フランカの姿に似せていても、中身は全く違うのだ。
「ほんとの、おかあさん。あいたかったな……」
呟く、レニ(カルナック)の身体が、ふらつく。
出血は止まっている。
だが、もうすでに、かなり血が流れ出てしまっている。立っているのも辛そうだ。
手当を終えたコマラパはレニを抱え上げた。
「ずいぶん血が出ている。無理をしてはいけない。じっとしているんだよ」
「わかった。ぱぱ!」
嬉しそうに抱きつく、今のレニには、普通の幼児くらいの体重がある。
コマラパにはその重みが、感慨深い。
精霊の森で出会った時のカルナックには、子ウサギほどの重さもなかった。
この時点では、レニは生きているのだ。
まだ殺されていない。
なんとしても助ける。
その思いは、ガルデルと対峙しているクイブロも同じだった。
※
クイブロが火薬弾での攻撃を始めてから、小一時間が経過していた。
「くそったれ。なんで、ぶち抜けない? 岩山にだって大きな穴が開けられる火薬弾だぞ。いくら硬い金属でも、まったくダメージなしかよ」
破壊力が強すぎるために、日常の場面では『欠けた月』の一族も使うことがない、いわば最後の手段である火薬弾を、十数発は打ち込んでいる。
しかしながら硝煙が薄れた後には、ガルデルの纏っていた外套と貫頭衣の切れ端が焼け焦げて落ちていくだけだ。
今では全身を黒銀の甲冑で覆ったガルデルの姿が、露出していた。血の染みにまみれた甲冑には、かすり傷一つ、ついていない。
「おまえの攻撃手段はそれだけか? 単純だな。少しは戦うかと思ったが、所詮は子どもか」
嘲るガルデルは、もう飽きたと吐き捨てる。
火薬弾を受けて焼け焦げた髪を、片手で払い落とした。
投石紐で火薬弾を投じるクイブロの攻撃は、ガルデルの甲冑を破壊することができないでいる。
ガルデルの甲冑が、通常考えられる防具とは全く性質が違うことからきているのだが、クイブロには、そこまで推し量ることはできなかった。
通常の戦闘でも、そのような甲冑を身につけた敵などはいないのだ。
(考えを働かせるんだ。兄ちゃんたちの戦闘訓練を思い出せ!)
村を出て傭兵として働きに行く前に、戦士達が行っていた、実際の戦闘を想定した訓練のことを、クイブロは懸命に記憶をたどる。
(アトク大兄とリサス中兄は、投石戦争で、どうやってた? カントゥータ姉ちゃんは?)
村で行われる投石戦争のことを、クイブロは思い返した。
それは四年に一度、村全体から選抜された戦士達が二手に分かれて行う、実戦そのものの合戦である。
身体の大きい長兄アトク。
細身で敏捷な次兄リサス。
いくら鍛えていても腕力では大人や二人の兄に及ぶべくもない妹カントゥータ。
三兄妹の、大人たちに混じった、投石合戦を舞台にした壮絶な戦闘が、昼夜を問わず一週間も続いた。それが、村を出るにあたっての資格を問う実地試験でもあるのだ。
当時クイブロは十歳。その年齢では、戦いに加わることは許可されない。観戦して、戦闘について自分で考え、学ぶのである。
裏方の、火薬弾の製造は手伝った。
人によって火薬の配分は違い、爆発の仕方にも個性が出る。
火薬を好まず、昔ながらの石つぶてばかりを使う戦士達も少なくなかった。
「考え事か? 余裕だな! その隙に死ぬぞ」
どこか楽しげな怒号と共に、突然、凄まじい風圧を伴った剣の刃が襲ってきた。
クイブロはぎりぎりのところで身を躱す。
剣先が掠めるほどの距離で、やっとのことで躱したように見せかける。
意図的にしたことだ。
敏捷さには自信があったが、敵には、クイブロを子どもだと侮っていてもらったほうが後々、有利に運べる。
大剣を奮えば剣圧で風が巻き起こり、見えない刃を生じて遙か前方までを斬り払うガルデル。
このとき巻き起こる風が、逆にガルデルに引き寄せられる瞬間があった。
剣が振り抜かれた後に真空が生じるからであるが、ガルデルは気づいていない。
(引きつけられている?)
その瞬間。クイブロの脳裏に閃いたものが、あった。




