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第2章 その21 災厄を呼ぶ赤い魔女セラ二ア


           21


 爆発が起こった。

 通常ならば岩をも砕く威力のある火薬弾だ。


 クイブロが投石紐ワラカで投じた火薬弾は確かにガルデルの左胸に命中し、大きな爆発を起こした。


 だが、打ち抜くことはできなかった。


 火薬の硝煙が薄れていくと、ガルデルのトゥニカの胸のあたりが破れ、下に着けている鎧があらわになっているのが見えてきた。

 植物の葉をかたどった文様や大きな翼のある蛇などの浮き彫りでごてごてと飾りたてられた黒銀の鎧には、似つかわしくない赤黒い染みが点々と付いていた。

 血糊がこびりついているのだ。


 ガルデルは鎧が露出した部分をぎろりと睨み付け、


「ふん、投石機遣いか。年の割に腕に覚えはありそうだが」


 侮蔑の言葉を吐いた。


「将来は使い捨ての衛士か。下賤の者が、神にも等しい我が身に傷を付けられるとでも思ったのか?」


 普通の平民なら、すくんでしまい呼吸さえできずに固まるところだ。

 だが、クイブロは、威圧に耐えた。

 ガルデルを、射貫くような鋭い眼差しで見据える。


「おれは『欠けたアティカ』の一族だ。人間には掟というものがある。おまえは、やってはいけないことをした。だから、死ね」


(死ぐらいでは、足りないけどな)

 クイブロは煮えくりかえるような憤りを感じていた。


「欠けた月? なるほど傭兵の一族か。しかし年端もいかぬ子どものくせに、殺しをしたことはあるのか」


「もちろん、ある」

 祭りのために、祝いの行事のために家畜を屠ることがある。クイブロは、それを経験している。生死の重みを知ってこそ『欠けた月』の一族だからだ。


「だから言う。おまえは存在するのも汚らわしいウジ虫だ。おれが殺す!」


「ほほう。面白い。ならばやって見せろ」

 ガルデルは新しい刺激に興味を引かれたらしく、このとき床に倒れ伏しているコマラパとレニウス・レギオンを意識の外へ押しやった。


「このガルデルの身に、ただの人間が、かすり傷一つつけられるはずもないがな」


            ※


 ガルデルの意識をクイブロがそらしている間。


 床に倒れていたコマラパは、カルナックの幼い頃の記憶である、レニウス・レギオンを庇いながら、半身を起こした。

 ガルデルの、鋲を打った靴先で蹴られた腹は、赤黒い痕がついて腫れ上がっていた。

 触れると痛む。内出血をしている証拠だ。


「ぱぱ。ぱぱ。おなか、蹴られた? いたい?」


「わたしは構わない。それより傷を見せなさい。血が止まらないではないか」

 コマラパの腹は、先ほどガルデルが蹴ったところだ。

 そしてレニウス・レギオンの肩口からは、鮮血が、あとからあとから溢れ出て、透き通るように白い肌を、濡らした。

 手で押さえても、出血は止まらない。

 自然界の力を借りる『聖言』を唱え、傷口に触れる。

 通常の傷ならば、これで癒やされるはずだ。


 しかし、癒やしは起こらず、血は流れ続けた。

 おかしい。

 コマラパが疑念を抱いた、そのとき。


「あははは。その血は止まらないよ?」


 ふいに、笑い声がした。


 ガルデルの背後、入り口に近い闇の中から。


「だってレニウス・レギオンの死因は、その傷からの出血多量だったからね」

 ひどく楽しげな声が、言う。


「ガルデルが、それまで黙ってなすがままになっていたレニが初めて逆らって、拒絶したから、頭にきて深く斬っちゃってさ。止血もせずに、その後は儀式場に連れてって陵辱の限りを尽くしたもんだから。まあ、ものすごく後悔してたけどさ。レニだけを連れて新天地に行って、ずっと一緒に暮らすつもりだったのにね」


「じょうだんじゃない。そんなの、おれは、いやだ!」

 カルナックはガルデルとずっと一緒にいると聞かされただけで身震いがして、寒気がした。


「どうしちゃったのレニ。可愛いレニ。初めて私と会ったとき、ガルデルに甘えてすがりついていたのに」

 優しげに声は囁く。


「やりたくてやってたことじゃない! 従わないと、かあさまを殺すっていうから、いやだったから。でもうそだった。あれは、かあさまじゃなかったんだ」


「へえ? いつ、そんなこと知ったのかな。だれかが教えたのかい」

 ガルデルの背後から、その影は離れた。


 美しい、髪の長い若い女だ。


「あれぇ? 見慣れないネズミが二匹いる。こんなもの、ここにいるはずないのに。どこの未来から入ってきたかな?」

 不思議なことを口の端に上らせて。


「あ!」

 レニが、叫ぶ。


「あ、あかい、まじょ」

 レニウス・レギオンは、身体を硬くして、つぶやいた。

「さいやくの、あかいまじょセラ二ア……ちちうえに、なにを、おしえた」

 


「ああそれ? 彼が望んでいることを、叶える方法。簡単なことだったよ」


 束ねられておらず腰まで届く真っ直ぐな髪は、鮮血のごとき、深紅。

 その目は、静脈を流れる血のごとく、黒に近い、赤色だ。


 災厄そのものが形をなしたような、その存在は。

 くすくすと、たのしげに声をあげて笑った。


 そして、その面差しを垣間見たコマラパは、大きく唸る。

「赤い魔女セラ二アだと! なぜ、その姿をしている……!」


 レニウス・レギオンが、赤い魔女セラ二アと呼んだ、その女は。

 実の母親である『白い魔女フランカ』にして、コマラパの前世、並河泰三の妻であった沙織の顔と、そっくりだった。


「あれぇ。そっちの素敵な渋いおじさまは、この、今の私の顔に見覚えあるのかなあ?」

 血の色の髪をした美しい女は、倒れているコマラパとレニウス・レギオンを、身をかがめて覗き込んだ。


「そうそう、これ? ガルデルの心の中にあった、なんだか知らないけど、すごく大切なものの姿だよ。彼に近づくのには効果的だった」


 ふふふ、と。

 赤い唇の両端を持ち上げて、低く忍び笑いをもらした。


「そうだよ。いかにも。いろんなことをガルデルに吹き込んで、馬鹿げた、血まみれの騒ぎを起こしたのは、この私。赤い魔女、セラ二アだったというわけ。そして、もうひとつの名前はね……もちろん知らないだろうけどさぁ。あははっははははは!」


 笑い声が、ひときわ高くなった。



「セラニス・アレム・ダルだよ」

 と、美女の姿をした災厄の赤い魔女は、言った。



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