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第2章 その11 旅立ちの前夜にやっておくこと(ヘタレなクイブロ。)


            11


 成人の儀に臨むクイブロとカルナックを囲んだ、村の人々の宴会は深夜まで続いた。


 みんなは飲む口実が欲しいだけだったんじゃないかとクイブロは思っていた。


 それなのに、なぜ自分とカルナックが、再び広間の奥のテーブルに並んでいる羽目になっているのか?

 カルナックに至っては、疲れたのか、クイブロに寄りかかって、うとうとしはじめていた。


「母ちゃん、おれたち先に寝ていい? 夜が明ける前に出発したいんだ」


「なんだって。村のみんなが、お祝いに来てくれてるのにかい。そんな薄情な子に育てた覚えはないよ! あははははははは!」


「母ちゃんってば、おかしいよ。父ちゃん! どうにかしてよ」


 父の返事は、なかった。

 会話の途中で大声で笑い出す母ローサに、男連中で盛り上がって酔いつぶれ寸前の父、カリートに、クイブロは困惑する。


「クイブロ無駄だ。母ちゃんは酔ってる。父ちゃんもだ。酔ってないのは、精霊様たちと、わたしとコマラパ師くらいだな」

 こう言ったのはカントゥータである。


「そりゃあ、精霊様たちは、酒飲んでないもんな。……って、姉ちゃんも酔ってるのか~!?」


 つい今し方まで平然と杯をあおり続けていたカントゥータが、いきなり、ぶっ倒れた。


「ああ、相当飲んでいたからなあ」

 冷静に評するコマラパは、当然ながら酒は一滴も飲んではいない。


 精霊の森で半年暮らした影響か、カルナックと同様に、食欲もなければ喉の渇きも覚えず、ときたま精霊の森の湧き水を飲めばいいのだ。

 そのための、尽きることのない水の入った水晶の水差しを、コマラパも、精霊たちから贈られている。


 精霊のレフィス・トールとラト・ナ・ルアは、静かに、座っていた。

 生暖かい目を、クイブロに向けて。


「す、すみません精霊様。もう、みんな、しょうがないなあ」

 恥ずかしい気持ちでペコペコ頭を下げるクイブロに、コマラパは言う。


「精霊たちは、わかっているから、気にするな。家族も村のみんなも、成人の儀に際して、旅立ち前夜のおまえたちが不安だろうと、それを感じさせないように、あえて飲んで陽気に騒いでいるのだ」


「そう、だったのか。おれ、気遣いだなんて、わからなくて。悪かった」


「気にしないでいい」

 申し訳なさそうにうつむくクイブロに、コマラパは、優しい言葉をかける。

「当事者で無い大人の勝手な思い込みなのだから。精霊たちに急かされて、まだ十三歳なのに成人の儀に臨むことになったおまえが、本当はどんな気持ちでいるかなんて、わたしにも誰にも、わかりようもない」

 コマラパが手にしているのは水のはずだが、素面で酔っているかのように、呟く。


「おれはただ」

 自分はどうしたいのか、改めて突きつけられた思いにかられ、クイブロは宣言する。

「ルナを守りたい。一生、添い遂げたい」


「そうか。……今だから告白するが、わたしとカルナックが前世で親子だったのは知っているな。父と娘だった」


「うん。ルナが、言ってた」


「わたしは前世で娘が成人する前に事故で死んだ。だから、この子の『花嫁姿』を見せてもらったことは、嬉しかった。おまえには感謝している。カルナックを大事にしてくれていることも」


「コマラパ? どうしたんだよ、らしくないよ。いつもなら『カルナックが急に大きくなったのは、おまえのせいだ』って、悪魔みたいに怒るところだろ」


 それが、なんで、しんみりしているのか。

 理解できなかった。


 コマラパは、複雑な表情をした。

 その顔に浮かぶのは微笑みなのか、苦渋なのか。


「……もう、やすむといい。明日は早い。その子は、わたしが抱えて行こう」


 カルナックを抱き上げて、先に立って進むコマラパを、クイブロは追いかける。


「どこへ行くんだ」

 クイブロが寝ている男衆の部屋も、女達の部屋も通り過ぎて奥へ向かうので、困惑は更に高まった。


「わたしが住まわせてもらっている部屋がいい。寝具もいいし、一番奥だから静かに眠れるぞ」


「えっ、でも、今夜はおれたち、別々に寝るって」


「精霊たちに聞いていないのか」

 コマラパの声には微かに憐れみが込められていた。


「成人の儀に臨み、ルミナレスの頂上に挑んで、首尾良く銀竜の加護を得たとしても、未来がひらけると確約されるわけではない。悪運から逃げ延びられる可能性が高まるだけだ。悪くすれば……おまえは死ぬ。そしてこの子は精霊たちに連れ戻されることになる」


「なんだって!?」


「運命に追いつかれるとレフィス・トールが言ったはずだ。悪霊が近づいていると、精霊たちは言う。その真意は図りかねるが、彼らは嘘など口にしない」


「悪霊……?」

 早便が持ってきた知らせは、大兄と呼んでいる、長男のアトクが、村へと帰還しようとしているというものだったはず。

 まさか、そのアトク兄が「悪霊」だというのか?



 自室に着いたコマラパは、カルナックを椅子に座らせ、寝具を広げて、ポフポフと叩いて形を整えた。

 パコの毛が入れてあるので、ふかふかだ。

 そこにカルナックを横たえて、寝顔を見つめる。


 やがて、長いため息を吐いた。


「頼むぞ、クイブロ。悪運に逆らって生き延びろ。この子を、一人にしないでやってくれ。前世のわたしのようには、ならないでくれ」


 言い残して、立ち上がる。

「さて、わたしは夜通し精霊たちと語らおう。酔っ払いが寝ぼけてこっちに来ないように見張りもするさ」


「コマラパ、ほんとに、らしくねえよ!」


「カルナックを頼むと言ったぞ」

 不本意なように、重々しい足取りを、部屋の外へ運ぶ。

 そして、去り際に振り返り。


「今夜は手を出しても、怒らん」


「……え?」


「何度も言わせるな! い、いいか、優しくしてやってくれよ」

 焦ってそれだけ言うと、そそくさと立ち去ってしまった。


「……え。えええええ!?」


 呆然とするクイブロと。

 すやすやと寝息を立てているカルナックを、その場に残したまま。



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