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第2章 その9 銀の竜の足下へ


            9


 西の海岸沿いに長く伸びる山脈、万年雪に覆われ高くぞびえる峰、白き女神の座、ルミナレス。

 そこでは四年に一度、「輝く雪」(コイユル・リティ)と呼ばれる祭りが行われる。


 近隣のみならずエナンデリア大陸各地から多くの人々が集い、白き女神、つまり真月の女神への感謝の祈りを捧げる聖地である。

 山裾に人々は集い、峰の中腹に天幕を張って、半月の間を過ごす。


 祭りの最後の七日間には、人々の代表として選ばれた「神がかり」の者たち七人が、さらに雪渓を登りつめ、氷の山に到達する。

 彼らは夜明けを待ち、そこから巨大な氷を掘り出し、氷塊を藁の筵に包み、引き下ろして帰還する。


 その氷は「輝く雪」と呼ばれて、大勢の人が集まっている祭りの場へ運ばれ、細かく砕かれて人々に分けられる。それは護符として持ち帰られるが、不思議に、融けることはないという。



 アティカ、「欠けた月」の一族の者は、子どもから成人へと達するとき、この雪渓に向かうことになっている。

 そして頂上で、真月の女神が遣わした化身『銀竜』に出会う。

 それが成人の儀である。


 ルミナレスの頂に到達しても、全ての者が『銀竜』に会えるとは限らない。

 だが、一人で旅に出ることこそが、儀式の意味なのだ。


          ※


「クイブロは、できるだけ速やかに『成人の儀』に臨むこと。それだけが未来を変えられる行動だ。ただちに旅立つがよい」

 精霊の森のレフィス・トールは、村長である母親ローサ、次代の長となるカントゥータ、父親カリート、末子クイブロ、以上のプーマ家一同に、こう告げた。


「ただちに? 今これから、ということでしょうか、精霊様」

 戸惑いを浮かべつつ、ローサはかしこまる。


「ええ、そうよ。時間の猶予は、ないわ。出発が遅れればそれだけ危険が高まる。急いで、クイブロ。あなたの伴侶、カルナックのために」

ラト・ナ・ルアも、言い添える。

 事態は急を要するのだと。


「わかった。おれ、すぐに出発する!」


「いや待て、クイブロは成人の儀には幼すぎる」

 一家の父親、カリートが異議を唱えた。


「通常の場合では無い。今すぐにでも旅立たなければ、運命に追いつかれる」

 レフィス・トールは、容赦の無い声で言い放つ。


「しかし、ルミナレスの頂上まで歩いて五日はかかる。せめて携行食糧と毛布や荷物を用意しないと。それに今すぐは無理だ、夜中に出発するのは、魔物に襲われるかもしれん。準備を整え、吉日を待って発つほうがいい」


 カリートは食い下がった。

 一家の父親である彼も、自分もまた若い頃に経験した、過酷な旅に、まだ十三歳の末子クイブロをかり出したくはなかった。

 親心である。


 ちなみにカリートは『銀竜』には出会えなかったが、言葉をかけてもらい、加護を受けている。

 ローサは『銀竜』に出会い、言葉を交わしたうえで加護を得た。


「父さん。精霊様が、おっしゃることだよ。わたしは、従うべきだと思う」

 カントゥータは、クイブロのできる限り速やかな旅立ちを勧めた。


「よし、クイブロ、おまえは成人の儀に臨むのだよ。わたしは村長として、そう決めた。荷物は、カントゥータが用意する。カリート、どうも吉日を待ってはいられないようだ。今夜は家で眠り、明日の朝に出発だ」


「……仕方ねえな。おれも荷物の準備に加わるからな!」

 カリートは胸を叩いた。


 クイブロの気持ちは置き去りである。


 突然のことに、心の準備はできていないクイブロだった。

 しかし、精霊たちの勧めに、従わないはずもない。


「母ちゃん、父ちゃん。姉ちゃん。コマラパさん。おれは成人の儀に臨む」

 クイブロは改めて決意をあらわにした。


「銀竜に会って加護を得る。みんなのために、ルナのために」


「……クイブロ。山へは、一人で行くの?」

 このとき、かすれた声で言ったのは、カルナックだった。


「おれを、置いて?」

 ひどく寄る辺なく、心許ない様子だった。


「それは」


「いやだ。行かないで。一人にしないで」


「ルナ。おれは、おまえのために」

 困惑するクイブロ。


「だって。片道が五日だよね。往復で十日も留守にするの? もしも、クイブロがいない間に、アトク兄ちゃんていう人が帰ってきたら?」

 潤んだ目で見上げる、カルナック。


「そっ、それは!」

 クイブロは、言葉に詰まった。

 もしもそうなったら。取り返しはつかない。


 だからこそ精霊たちは、一刻も早く旅立てというのだろう。


「おれも、行く! 一緒に行くよ!」

 カルナックはクイブロに手をのばした。


「だって、クイブロは、おれの伴侶なんだから!」


「えええええええ!!」


 抱きつかれて真っ赤になっているクイブロを見ながら、カントゥータは思うのだった。


 絶対、カルナックは「伴侶」という意味を、本当にはわかっていない。

 二人で一緒に旅に出て、クイブロの自制心は、もつのだろうか。



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