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第2章 その8 運命の分岐点


               8


 クイブロとカルナック、それにカントゥータ、コマラパとローサは、連れだって家に帰りついた。


 ローサは早速、かまどに火をおこし、夕餉のしたくに取りかかった。

 イモやサラ(トウモロコシに似た作物)の下ごしらえは済んで、スープも煮てあるので、あとは鍋に干し肉を刻んで入れ、温めるだけなのだ。


 一家は、簡素だが栄養のある食卓を囲んだ。

 ローサの夫で、一家の父親であるカリートも食卓に加わり、賑やかに話は弾んだ。


「いやあ。僅かの間に、こんなに育つなんて、さすがに貴き精霊様の養い子。普通の人間の俺たちにゃあ、わからないことだらけですがね」


「心配はいらない。このことは、精霊の親がわりになっているレフィス・トールとラト・ナ・ルアを呼んで、相談にのってもらうつもりだ」


「そりゃあ、いい。安心だ」

 根が陽気なカリートは、相好を崩し、自家製の濁り酒のおかわりをローサに頼んで、「バカだね」と、はねつけられた。それでも気にせず、大口をあけて笑うので、ローサも、苦笑して、杯の半分だけ、酒をついでやるのだった。


 しかし、クイブロの様子は、どこかおかしい。

 笑顔がぎこちないのだ。


 カルナックの食事は、水晶の杯に精霊の森の水を注いで飲み干すだけ。

 コマラパも、精霊の水の他には、わずかばかりのサラ・ラワ(穀物の粥)を口にするだけ。

 精霊の森でカルナックや精霊たちと半年の間、暮らすうちに、通常の食べ物がなくとも生きていけるようになっていたのだ。


 カルナックは、コマラパに、精霊の兄姉を呼ぶように言われたが、なかなか、そうしようとはしなかった。

「どうしたんだ、レフィス兄さんとラト姉さんに相談したほうがいいだろうに」


 うつむいてしまった、カルナックは。

「きっと、怒られるから」

 と、かすれた声でつぶやいた。


「そんなことは、ありはしない。二人とも、おまえのことを本当に案じているのだから。精霊の森から送り出してくれたときも、クイブロと杯を交わすことになったときも、そうだっただろう?」

 不安げなカルナックを抱き上げて、諭した。

「それにしても、急に、こんなに大きくなっても、おまえは相変わらず、本当に軽いな。子ウサギのようだ」


「だって、おれは人間じゃないもの」

 うつむいたまま、カルナックは言う。

「育ったように見えても、見た目だけだよ。ねえ、コマラパ。……パパ。おれは、ここにいても、いいのかな?」


「やはり、レフィス・トールとラト・ナ・ルアを呼ぼう」

 コマラパはカルナックの頬を撫で、涙の跡を、ぬぐって、クイブロに眼差しを落とした。

「いったい今日、外で何か、あったのか? カルナックが不安になっているようだ」

 クイブロは、緊張したまま。

 コマラパはカントゥータに目線を移す。


「コマラパ殿には何も隠しておけないな。実は……」


 カントゥータは、今日、早便と呼ばれている情報屋が村を訪れたことを語った。

 情報とは、出稼ぎに行っていたプーマ家の長男、カントゥータの二歳上の兄にあたるアトクが、帰還することだと、うちあけた。


 ちなみにその下には次男、リサスがいるが、こちらは生来が真面目な質で、雇い主の示した待遇が気に入り、北方に暮らす戦闘好きの氏族『精霊枝族』ガルガンドの氏族長に仕官しているとのことだった。


「長兄が帰ってくる? それが不安の原因になっているのか?」


「アトク兄は。小さい頃から、おれの持っているものを取り上げて、壊して、楽しそうだった。だから……」

 クイブロは、元気が無い。


「クイブロは心配なんだ。アトクは昔から女と付き合っても長続きしたためしがない。村に帰ってきて、まだ独身だったら。そして末の弟クイブロが愛らしい嫁を迎えたと知ったら、きっと欲しがって横取りしようとするに違いないと」


 それを聞いたコマラパは憤慨した。

「それは酷い男だな。だが、よしんばそんな事態になろうとも、このわたしが付いているかぎり、そんな無体なまねは、させん。カルナック、もしや、おまえも、それを案じているのか。だいじょうぶだ、わたしに任せなさい」


 コマラパは、カルナックを抱きあげ、かまどの前に立った。


「精霊の森の聖なる水よ、深き根源の泉に我らを導きたまわんことを」

 呟きながら、水晶の杯を傾け、かまどの灰に、注いだ。


 略式だがコマラパの生まれた土地で、精霊に祈りを届ける儀式である。


 祈りが届いたのか、どこからともなく、青白い光の球体が現れた。

 精霊の魂と言われる、精霊火だ。一つ二つと、その数はどんどん増えていく。やがて家の中は精霊火で満たされた。

 驚異的な光景なのだが、ローサたちプーマ家の人々は、もう精霊火の出現には慣れてしまって、驚かなくなっている。


「こんばんは、コマラパ。皆さん、いつもカルナックがお世話になっています」


 これまた人間の家を訪問することにすっかり慣れた様子のラト・ナ・ルアが、精霊火の中から現れ出る。

 銀色の長い髪をもやのようになびかせた、この世のものとも思われぬ美しい姿をした少女。白い腕が、カルナックを抱き寄せ、頬を寄せる。


「カルナック。心配しないで。世界と精霊は、いつでも、あなたの味方よ」


「姉さん。姉さん! おれ、どうしたらいいの。もっと、ずっと、大きくなっちゃう?」


「まあ、可愛い。いいのよ、もう、精霊の森に還ってきて。また、あたしたちと、いつまでも一緒に、静かに暮らしましょう」

 それは心揺れるカルナックにとっては、はなはだ魅力的な誘いだった。

 だが、カルナックは、精霊の姉ラト・ナ・ルアの腕の中で、瞬きをして、クイブロや、コマラパ、カントゥータへと視線を移した。


「でも、おれ、クイブロと伴侶の誓いを」

 その唇を、ラト・ナ・ルアは人差し指を立てて塞ぐ。


「誓いなんかどうでもいいのよ。あたし達、精霊セレナンと世界には、何よりも大切なのは、あなただけ」


「姉さん!?」


「コマラパ」

 ふいに、ラト・ナ・ルアの背後、精霊火の群れの中から、レフィス・トールが出現し、険しい表情で、声を上げた。

「重大な話がある。わたしたちの愛し子の、この世界での親代わり、コマラパ老師。……運命の分岐点が近づいている」


「今、なんと?」


「言い換えよう。重大な、危機が迫っている。最悪の場合、この村も、村長の一家も滅びる。我々の愛し子カルナックも、人の間で暮らすことが叶わなくなる」


「待って兄さん。そんなの、いやだ!」

 カルナックの必死の抗議にも、聞く耳を持たない。


「この前のときは、そうなったのだ」

 と、不思議な一言を発して。

 眉をひそめる。

 まるで痛ましい記憶をたどるかのように。


「我らの愛し子よ。このまま平穏に、伴侶と共に人の子らの間で暮らしたいなら。取るべき道は一つ」

 レフィス・トールが、提案をする。


「おまえの伴侶ヤナクイブロは、「欠けた月」の一族に課せられた成人の儀に臨み、成し遂げ、白き雪峰に宿る銀竜の加護を得るのだ。今のままでは、この村と、おまえの伴侶を待ち受けるものは、儚き行く末だけ」


   

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