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第2章 その6 カントゥータからの贈り物は、飛び道具?

              6


 カルナックが、はなはだ暗い未来の可能性について、うつうつと考え込みはじめたとき、その背中に、柔らかく温かいものが触れた。


「グルルルゥ」

 低い、うなり声がして。

 黒い毛皮を纏った大きな四つ足の獣が、左側から回り込んできて、膝に頭を乗せた。続いて右側の膝には白い毛皮の獣が、顎を押しつける。


「スアール(牙)、ノーチェ(夜)」

 カルナックは、自分の従魔である二頭の獣の、なめらかな毛皮を撫でる。

 すると白いビスカチャ(ウサギ)のユキが、フードに潜り込んできて、首のまわりに、もこもこふわふわの毛並みで、くいくいと懐いてくるのだ。


「ユキも、ありがとう」

 硬く張り詰めていた神経が、少し緩む。

 自分は一人きりではないのだということを思い出した。


「そうだね。なぐさめてくれてるの? きっと、なんとかなるよね」

 獣たちを撫でながら、優しい笑みがこぼれた。


「今夜にでもアトクが帰ってくると決まったわけではない。落ち着け、クイブロ」

 傍らで、カントゥータがクイブロと話している。

 長兄アトクの帰還に悩むより先に、問題があるだろう、と突きつける。


「それより、今日の夕方、家に帰るときが大変だぞ」

「えっ」


「嫁御が急に育ったことを、どう言う? 特にコマラパ師に」

「うううっ! それは!」


 カルナックの人間界での親代わりである、ストイックで自らにも他人に対しても厳しいコマラパ老師の顔が思い浮かび、クイブロは、がっくりと肩を落とした。


「だめだ、何を言ってもムダだ」


「そうだな。わたしもそう思う。嫁御のことを目に入れても痛くないほど可愛がっている老師だ。諦めて何も言い訳せずに思いっきり怒られるのだな」


「……それしか、ねえな」

 天を仰ぐクイブロだった。


「そうだ。まず、おまえが向き合うのは、そこからだ」


 話し合いながらもカントゥータは放牧地で草を食んでいるパコの群れに目を光らせている。

 逃げだそうとした一頭を見つけると、投石紐ワラカに小石を挟んで、飛ばす。

 足下の地面に小石が飛んでくると、パコは驚いて、もとの群れに戻っていく。


「おお、そうだ。そういえば、嫁御に、これを持ってきていたのだ」

 カントゥータがカルナックの側に行って、懐から取り出して見せたものは。


 一本の紐の先に、三本の紐を結びつけたもので、三本の紐の先には、それぞれ、薄い皮に包まれた小石が取り付けてある。


「これはリウイというものだ。嫁御にあげようと思って作ってきた。今みたいにパコが逃げたりしたときに使う」


「どうするの?」

 がぜん興味を引かれたようすに、カントゥータは、にんまりと笑う。


「何もついていないほうの紐を握って、振り回す。狙いをつけて、投げつける!」


 さっそくカントゥータは実演してみせた。

 ぶんぶんと音をたてて振り回した「リウイ」を、一頭のパコの足を狙って投げる。


 手を離れたリウイは、三個の石を結んだ紐が広がって、円盤のようにぐるぐる回転しながら飛んでいき、狙ったパコの後足を二本まとめて絡め取った。


 目標にぶつかると、広がっていた石が次々と巻き付いて、パコの動きを止めたのだ。


「うわあ! すっごい!」

 思わずカルナックは立ち上がって手を叩いた。


「なに、たいしたことではない。これなら、ただ投げればいいし、いざというときには、たとえば敵に追われたとき。足に投げつけて絡め取れば倒れる。よしんば倒れないまでも、当てさえすれば、足止めになる」


 投げつければ、なくなってしまうから、家畜に投げたものは後で必ず回収するのだぞと、カントゥータは忠告して、カルナックに渡した。


「くれるの? ありがとう、お義姉さま!」


「ははははははは! いくらでも感謝してくれ!」


 カルナックに飛びつかれて満面の笑み。

 そんな姉を、生暖かい目で見守る、クイブロ。


 今朝までは七歳くらいだったカルナックが十歳くらいに育ったことを、村に帰ってどう説明すればいいのかと思うと、頭が痛い。


「でも帰らないわけに行かないもんな。……それに、アトク兄ちゃんの横暴さに比べれば、コマラパ師の雷は、仕方ないや。ルナのためを思って、おれを怒るんだもんな。どんなに怒っても、理不尽なことは言わないし」


 すごく愛情深い人だな、と思う。

 実の子どものように、カルナックのために心を砕いているのだ。


 クイブロの村にとどまり、文字の読み書きや、外の世界のことを教えてくれているのも、ひいてはクイブロと「伴侶ヤナ」になる誓いの杯を交わすことになったカルナックのためなのだろう。


 クイブロも、前世でカルナックとコマラパが親子だったというのは聞いている。

 だが、実感できては、いない。


 前世の記憶持ちのことは、噂で聞くし、だいたい、クイブロたち「欠けた月の一族」の先祖からして、そうだったと伝わっている。先祖の前世の記憶に従って、今の村の暮らしは出来上がっているのだ。


「それでも、なあ」

 今生の記憶しかない自分には、やはり、わからない。


 ただ、いつもルナ(カルナック)がどこかに隠し持っている「悲しさ」「寂しさ」「諦め」は、前世に関係あるのだろうか? と考える。


(おれに、ルナを幸せにすることはできるんだろうか?)


 ただ一緒にいられたらと思ってきたけれど、いつしか、その先のことをクイブロは考えるようになっていた。そのためには、どうしたらいいのかと。


「なにを、ごちゃごちゃ考えてる、ボケ愚弟。肝心なのは、おまえが『何を為すか』だぞ。さあ、そろそろ夕暮れだ。家に帰ろう、嫁御!」


 カントゥータが声を掛けた。


 カルナックは、獣たちを引き連れて、投石紐ワラカと、リウイの練習に、懸命に取り組んでいたようだ。


「はぁ~い!」

 振り返って、手を振り。笑った。


「……やばい。やっぱり、すっごく可愛い……」


 クイブロは決意を新たにする。


 絶対に、アトク兄ちゃんには、渡さない!




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