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第2章 その5 アトクの消息


               5


「おれが原因?」

 姉のカントゥータは何を言い出したのかと、クイブロは困惑する。


「わたしの推測だがな」

 カントゥータは自信ありげだ。


 カルナックは、これまで七歳にも満たないような幼い外見だった。

 今朝、クイブロと一緒にパコたちの放牧に出かけるまでは変わらなかった。

 その後、急に成長したのは、クイブロが原因だとカントゥータは断定した。


「たった今、おまえが精霊の森の水を嫁御に口移しで飲ませたら、こうなった。そうだろう?」


「そういえば」

 クイブロも、それに思い当たった。


「今だけではない。わたしがここへ来る前にも、倒れた嫁御に口移しで水を飲ませたと言っていたな。それが原因に違いない」


「そ、そんなっ。口移しだから!?」

 キスなら、初めて出会った時から、これまでにもしたのにと、クイブロは頭を抱えた。


「おれ……どう、なってるの?」

 カルナックは自身の変化に戸惑い、不安に包まれていた。


「だいじょうぶだ。心配はいらない」

 安心させるように話しかけて、そっと抱き上げた。


 身体の重みには、変化は無い。あいかわらず子ウサギのような軽さだ。人の里に暮らしても、カルナックには、精霊の森の水しか口にすることはできないのだから。


「もっと水を飲むといいだろう」

 カントゥータは水晶の筒を取り出し、水を少し手に受けて、それで水筒の口のあたりをすすいでから、カルナックの口元にあてがった。

 この水晶の中は精霊の森にある根源の泉と繋がっていて、いくら水を飲んでも尽きることはないのだ。


 カルナックはコクコクと音を立てて水を飲む。

 小動物を思わせるその仕草に、目を細めて見入る。


「ああ、確かになんと愛らしいのだ。クイブロが自制心をなくすのもわかる。わかるが、嫁御はまだ幼い。ダメだぞ手を出しては」


「出してねえよ!」

 赤面して抗議するクイブロである。


「それは感心だ。それより、おまえは早く弁当を食え。嫁御はわたしにまかせろ」

 邪魔だと言わんばかりである。


「……じゃあ、食う」

 クイブロはカントゥータが届けた袋を開いた。

 トウモロコシの外皮パンカにくるまれて、ほかほかと湯気を立てているものがある。乾燥トウモロコシを茹でたものを潰してこねた団子だ。

「あ、タマルだ」

 好物なので、すぐに食いついた。

「うまい!」


「おまえは食い意地が張っているなあ」


「食えっつったの、姉ちゃんじゃないか! それに、おれ、前よりは大食いじゃなくなったんだ。精霊の森の水を飲んでいるから」


「精霊様の言いつけを守るのは当然のことだろう? 愛らしい嫁御よ、うちのバカ弟は放っておこう」

 カントゥータはカルナックの身支度に取りかかる。


「身長がのびて心配なのは、服のことだ。ポリエラは、ゆとりがあるから、胴まわりを締めている紐を緩めればいいだろう。上着は脱いで、精霊殿から贈られた外套を羽織る。下に着ている衣は、伸び縮みするのか? 大きくなっても、ぴったり合うなぁ。さすが精霊の贈り物だ」


 純白の、頭を隠してしまうフードつきのローブと、白い衣は、精霊の姉ラト・ナ・ルアが贈ったもの。

 スカート(ポリエラ)だけは、クイブロの母親が織って縫い上げたものだ。

 カントゥータは、てきぱきと弟嫁ルナ(カルナック)の身支度を調えた。


「ありがとう、お義姉さま」

 カルナックは喜んでカントゥータに抱きつく。


「よいよい。可愛い義妹のためならば、わたしはなんでもするからな。どんどん頼ってくれると良いぞ」

 カントゥータは、まるで孫を見る祖父のように顔をほころばせる。


「姉ちゃん、おれの嫁だからな? やらないよ?」


「もちろんわかっているとも。さて……食べ終わったようだな」

 カントゥータの表情が引き締まる。


「クイブロ。心して聞け」


「何かあったのか」


 カントゥータは頷いて。

「良いかどうか、判断に迷う報せだ。早便がきた。出稼ぎ仕事が片付いて、アトクが帰ってくる」


「大兄が!?」

 クイブロは驚いて、立ち上がった。

 食べ終わった後の包みが、膝から、ぽろりと落ちた。


「アトク? 大兄さんって?」


「うちのロクでもない長男。出稼ぎという口実で村を出て行ったきり、何年も音沙汰もないし、戻らなかったんだが。今頃どうした風の吹き回しか」


「大兄、まだ独身かな」

 クイブロは、不安げに言う。


「そうかもな。アトクは女と付き合っても長続きしたことがなかった」


「帰ってきて、おれに嫁がいて、まだ、髪を解く間柄じゃないってわかったら、きっと欲しがる! 昔から、よく、おれのものを取り上げたんだ!」


 クイブロは、これ以上ないくらい、青ざめていた。

「でも、おれだって、昔とは違う。もし、そんなことを言ってきても。戦ってでも、絶対に譲らない。ルナは、おれの嫁なんだ!」


「その意気だ」

 カントゥータは力強く胸板を叩く。


「わたしも母さんも、コマラパ師もいる。おまえたちの婚姻は、普通のものではない。貴き精霊様との誓いだ。誰にも覆せるものではない」


 本当に、そうだろうか?


 カルナックの胸に、不安がこみあげてくる。

 幸福な日々が続くと、無条件に信じることは、カルナックには、できない。


 もしも、自分の存在が、クイブロやカントゥータや、ローサ母さんにとって迷惑になるのなら……。


 それなら、どうする?



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