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第2章 その3 おれの嫁は身体が弱い(そしてツンデレ)


           3



 急にぐったりとしたカルナックに、クイブロは慌てた。


「無理をさせたか!? ルナ! ルナ!」


 その時、ユキが、素早くカルナックのポシェットに潜り込んだ。

 中で向きを変えて頭を出し、しきりに小さく「キュー」と鳴く。

 普通、ウサギ(ビスカチャ)は、めったに鳴かないから、よほどのことだ。


「水か!」

 何を伝えようとしてくれたのかを察して、クイブロはポシェットを開けた。

 ユキが飛び出して行く。

 中にはカルナックの飲み水がある。


 握ると手のひらからはみ出すほどの大きさをした水晶の結晶。その内部がくりぬかれて、透き通った水が満ちている。蓋も同じく水晶。

 精霊に救われ育てられたカルナックの生命をつなぐのに欠かせない、精霊の森にある、根源の泉の水だという。


 カルナックの身体を膝に乗せて、肩を支えて持ち上げる。


 水晶の蓋を取って口元に当てがうと、冷たい水がこぼれ落ちて、小さな唇を濡らした。

 すると、わずかに目を開いたが、呑み込む力がなさそうだ。


 クイブロは水晶の容れ物から、まず自分が水を飲んだ。

 彼自身も毎日欠かさずに、この水を飲めと、精霊から言いつかっているのだ。


 何かが変わっていくのが、感じられる。

 まず、身体が軽くなる。それから、透明なような銀色のようなものが、辺り一面を包んで、ゆっくりと巡っているのが見える。

 それは水を飲んでしばらくすれば視界から消えるのだが。見えている時間は、水を飲むごとに長くなっていくようだった。


 ……御身も精霊に近づいてもらわねばならぬ。


 伴侶の契約の杯を交わしたときに、カルナックの育ての親である精霊の兄、レフィス・トールに言われたことを、思い出す。


 クイブロは再び、水を口に含んだ。

 自分の嫁であるルナ(カルナック)に顔を寄せて。


 口移しで、飲ませる。


 ごくりと喉が鳴って、水を飲み下すのが、わかった。

 もう一度、同じことを繰り返す。


「……うぅ」


 ルナがうめいた。

 意識が戻ったのか。


 口元に水晶の水筒をあてがう。

 今度は、自力で飲み込めるようだ。


 焦らず、ほんの少しずつ、水を含ませてやる。

 それからクイブロも、もう一度、水を飲んでから、水晶の蓋をきっちり閉じて、ポシェットにしまい込む。


「大丈夫か? 無理をさせたな。ごめん」


「クイブロのせいじゃ……ない。日差しにやられたみたい。でも楽しくて……気がつかなかった」


「楽しかったのか?」


「うん。一緒に、投石紐ワラカの練習を、し」


 最後まで言わせなかった。


 愛らしい、濡れた小さな唇が開いて、自分の名前を口にして、一緒にいるのが楽しいと言うのだ。

 我慢できなくなって、唇を奪った。


 驚いたように、カルナックの身体がこわばり、緊張が走る。


「んっ…!」


 けれど、やがて、抵抗はやんだ。

 身体から緊張が解けて、されるがままに、受け入れる。

 カルナックのほうから口づけを返すことは、まだ、なかったが。


 唇を離すと、「ルナ」は、目を潤ませていた。

 クイブロはまた、ルナ(カルナック)を抱きしめる。


「こういうところに弱いんだ、おれは」


「意味分かんない。なんですぐ、こういうことする!」


 我に返って、カルナックは大いに憤慨した。


「だって。おまえが可愛すぎるから」


「知るかバカ! だいたい、おれはキスなんて生まれて初めてだったんだ! この土地に来て出会ったおまえに、されるまでは」


「え? だって」


「精霊の兄姉さんたちはキスするけど、あれは生命力を補ってくれてたんだ。おれは虚弱だから」


「でも、お、おまえの親父さんって…うっ」


 うっかり、言ってはいけないことを口に仕掛けたクイブロは、あわてて自分の口を押さえたが、手遅れだった。


「おれの実の父、ガルデルのことか?」


 カルナックの声が、凍りつく。


「いや、今のは」


「……確かに、ガルデルは、毎晩、おれを慰みものにしてた」


(それを言わせてはいけないのに。おれのせいだ)

 クイブロは、自分を責めた。


「そうだよ、ガルデルはおれに、ずっとずっと、いやらしいことをしていた。そして闇の神に捧げるために殺して捨てた。だから、おれは、本当なら、生きているはずも……この村で、みんなに優しくしてもらえるなんて、そんなはずも、なかった」


「ご、ごめん」


「謝るな。おまえに謝られることでは……ない。あいつは、自分の欲望を満たしたいだけだったから。……キスは。一度も、しなかったんだ」

 言葉をとぎらせて。


「だから、キスは、おまえとが初めて……」


 クイブロは、心臓を冷たい刃で突き刺されたような気がした。

 カルナックを抱いた腕に、力がこもる。


「ルナ。おれの、ルナ」


「バカ! その名前で呼ぶな! おれは、クイブロにそう呼ばれると落ち着かないんだ。……なんだか胸が、苦しくなって……」

 そのとき突然、カルナックは、不思議そうな表情になって、自分の胸や腕のあたりを、撫でた。


「……あれっ?」


「どうした?」


「なんか、服が、……ほんとにちょっと、きゅうくつ? なんだけど。服が縮んだ?」


 それを聞いたクイブロは、はっと目を見張る。


「……ルナ。おまえ……」


「え? え? どうなってるの!?」


「育ってないか? す、少し、だけど」


「ええええええ!? なんで~っ!?」


          ※


 精霊の森では、通常の十分の一程度に、ゆっくりとしか歳をとらなかったカルナックである。


 人の世界に出れば、普通に成長するだろうと精霊の兄や姉に言われていた。

 けれど、さっきキスするまでは変化がなかったのに、一瞬で、七歳にもなっていないようだったのが、一年分ほど育っていたのだ。


 今は、八歳くらいに見える。


「どうすんだよ!」

 カルナックはパニックに陥った。

「とにかくクイブロのせいだから! 絶対だから!」


「うえ!? ……い、いや……そう、なのか? おれがキスしたから?」

 言われたクイブロは。

 頭の先まで真っ赤になった。


 今にも湯気が出そうだった。


「こんなの……コマラパが見たら」

 カルナックは青くなっていた。


 人間界での父親がわりでカルナックを可愛がっていて、そして前世ではカルナックの実の父親だったコマラパが見れば、理由はクイブロの行動にあると思うだろう。


 鬼神か烈火の如く怒り狂うことだけは、間違いなかった。




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