第1章 その36 魔獣達の名付けと事件の収束
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「カオリはもう当分出てこないと言った。おれに場所を譲るって。でも、どういうことか、よくわからないよ」
地面にぺたんと座りこんだままで、カルナックが涙をこぼしていると、膝に、柔らかく温かいものが乗ってきた。
白ウサギのユキだ。
普通のウサギ(ビスカチャ)はあまり人に懐かないものなのに、ユキは間違ってクイブロに狩られた後、カルナックに生き返らせてもらった。それが関係しているのかどうか、ものすごく、カルナックに寄ってくるのだ。
「ユキ。ユキ。……ありがとう」
カルナックはユキを抱いて、白い毛並みに顔を埋めた。
すると、それまで控えめに伏せていた大牙と夜王も、ゆるりと立ち上がって、近づいて来る。カルナックの傍らに寄ると、それぞれ右と左から、大きな頭をくっつけてきて、ゴロゴロと喉を鳴らす。
彼ら二頭を従えたのは『闇の魔女カオリ』だった。
カオリが消え、カルナックが残ったところへやってきて、恭順の意をあらわす。
少しくらい姿こそ違えど、匂いは、同じ。
主人に変わりは無いと、二頭は認めたのだ。
「名を付けてやって。カルナック。彼らはそれを求めているわ。そうすれば、この子達もずっとそばにいて、あなたを助けてくれる」
ラト・ナ・ルアがやってきて、カルナックに着せていた、カオリが身に纏うことで黒く変色していた衣を取り去り、新しい純白の布を被せた。
精霊の与えた布は、見る間に形を変え、幼いカルナックにぴったり合う長さの。白い衣になった。
「名付け? おれが?」
カルナックは戸惑い、頭を軽く振った。
それにつれて、後ろで一つに結んで三つ編みにしたお下げ髪が、揺れる。
カオリのときは、三つ編みは緩く、今にも解けそうになっていた。
それが、幼いカルナックの姿になった途端、ローサが整えてくれたときと同じに、きっちりと編まれたお下げに戻っている。
「そうだよ、カルナック。名付けてやりなさい」
レフィス・トールも促す。
コマラパ、ローサ、カントゥータは、黙って見守っていた。
しばらくの間、ものすごく真剣に考え込んでから、カルナックは顔をあげた。
「スアール(牙)。おまえは、それ」
大牙に向かって、そう言った。
それから次は、真っ黒な『夜王』を見据えて。呟く。
「ノーチェ(夜)。おまえは、これだ」
二頭は頷いた。
その名前を受け入れ、喜んでいるように、頭をぐいぐい押しつけてくる。
「うわあ。温かい……けど、なんかしめってる! それに臭い!」
カルナックは辟易した。
「コマラパ! 姉さん、兄さん」
困惑しきった様子で救いを求めて呼べば。
彼らは動かず、かわりに飛びついてきたのは、クイブロだった。
カルナックを抱きしめて、髪の匂いを嗅いで、囁いた。
「ルナ。おれの、ルナ」
「なんだよ、それ?」
首をかしげてカルナックは聞き返す。
「おれがつけた。おまえの呼び名。おれだけの。カルナックの、ルナ」
嬉しそうに言うクイブロの顔を見ていると、妙にむかっ腹が立ってきて、カルナックは彼の腹に肘打ちを食らわせた。
「なんでそんな、恥ずかしいことを……」
「あいたたたたた! 少しは加減しろよ」
と言いながらもクイブロは懲りたふうもなく起き上がった。
「カオリが、最後に、おれに言い残した。おまえに名前を、呼び名をつけてやってくれって。そしたら、おれのほんとの嫁になるからって」
「なんだよそれ!」
顔を真っ赤にしてカルナックは怒った。
「カオリも人が悪すぎるだろ! バカあ!」
「ルナ、ルナ。おれのルナ」
クイブロは夢中で呼び名を囁き。
カルナックの髪を結んでいた紐を、取り去った。
髪に指を差し込んで、三つ編みを下から解いていく。やわやわにほぐれて波打つ黒髪が、広がる。
「なんてことするの!?」
「おまえが、確かにおれの嫁だって、村のみんなに報せたいんだ」
「おれは望んでないよ!」
気が動転しているカルナックを、抱え上げた。
「連れてってやる。おまえがこんなに可愛いって、父ちゃんにも見せたい」
「ま、ま、待ってったら、クイブロ!」
カルナックが止めてもいっこうに気にしないクイブロは、部屋に戻らず、外から回り込むつもりである。
しかし、それは、コマラパに、そしてローサとカントゥータに阻まれた。
「わたしの娘に恥をかかせるつもりか!」
魔神のような形相でコマラパは立ちはだかった。
「このバカ息子! その子をどうするんだい」
ローサが呆れたように叫ぶ。
「髪を解いて、下着姿の嫁を連れて出るつもりか。父さんも叔父さんたちも、おまえが、ええと、その、な。やらかしたと、勘違いするぞ」
カントゥータは、彼女にしては、歯切れが悪い。
「誤解させてもかまわない。でないと、出稼ぎに行ってる大兄や中兄たちが帰ってきたら、おれの嫁なのに、寄越せって言うかもしれないだろ!」
クイブロは、必死だ。
「そんなことは、わたしがさせない。精霊様との契約だ。大兄にも口は出させないから、安心しろ」
カントゥータは、胸を叩いて請け合った。
「そうだよクイブロ。部屋に戻って、この子に、晴れ着をちゃんと身につけさせてやらないと。母ちゃんに任せな!」と言ったのはローサ。
「……わかったよ。だけど、おれは絶対、誰にも嫁を渡さないからな!」
コマラパに怒られ、ローサとカントゥータに諫められて、ようやくクイブロも、思い直したのだった。
※
部屋に戻ったカルナックは、ローサに世話を焼かれて、再び、晴れ着に身を包み、髪をきちんと編み直してもらった。
この姿で、もう一度、大広間に戻り、クイブロと並んで座って、村人たちからの祝いの言葉を受ける予定だ。
「大兄アトクは横暴だけど、中兄リサスならきっと味方してくれるさ。村の皆に認めさせるのは、これからのクイブロの働き次第だろうね。それには、この子を巻き込んではいけないよ。まあ、頑張りな!」
カントゥータは、クイブロの頭を、ぐしゃぐしゃと、たぶん撫でたつもりで、かき乱して、大きな口をあけて笑った。
「クイブロ。カルナックをよろしくお願いね」
「もし泣かせたら、覚悟はしているのだろうね?」
極めつけに、カルナックの精霊の兄妹たちに『脅されて』責められたクイブロは、さすがに身を縮こめた。
「おれはずっと側に居ると、誓う。それから、この子に手は出しません!」
「……ふん! 男の約束など。なきに等しいわい!」
コマラパは一人、憤慨していた。
「それにしても危うかった。クイブロがもう少し年上だったら、香織の誘惑を退けられたとは思えぬからな……」
盛大なため息を、もらしたのだった。




