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第1章 その32 イル・リリヤの謝罪


                  32


 カルナックに従えられた巨大な二頭の魔獣が、月に向かって、吠えた。

 空気が震える。


 真月まなづきに照らされた、夜の高原に、細かい金色の光の粒子が降り注ぐ。

 それはしだいに人の姿となっていく。


 やがて、一人の女性が姿をあらわした。


 年齢は三十歳くらい。

 落ち着いた雰囲気を持つ綺麗な女性だった。


 淡い色の金髪を肩口で切り揃えたボブヘア。藍色の瞳は穏やかで、しかし少しばかりすまなそうに細められている。眉はきりっとしており意思は強そうだ。


 光沢のある布地でできたシンプルな白いドレスは膝小僧が隠れるくらいの長さ。足にはドレスと同じように白い、紐で編み上げるサンダルを履いていた。


 しかしサンダルを履いた足もとは僅かに地上から浮いていて、明るい満月の光を受けながらも、影は無かった。

 彼女もまた、実体ではない、投影された姿であるということだ。


「こんばんは、皆様。不肖の息子セラニスが皆様に多大なご迷惑をおかけしておりますこと、お詫びに参じました」

 その女性は深々と頭を垂れた。


「わたくしは、イル・リリヤと申します。この蒼き大地セレナンに降り立った地球人類の生存補助を司るもの」


 声は、音では無く、人間達の胸に直接、届く。

 精霊たちの声と同様に。


「ただし現在は、機能の一部を息子により凍結されておりますので、本来の能力を発揮することは叶わず。申し訳なく存じます」


 イル・リリヤと名乗った彼女の言葉を耳にした一同は、全員が、衝撃を受けた。


「まさか、真月まなづきの女神様!?」


「女神様が、ご降臨なさいますのか」


 なかでもカントゥータとローサの驚きが、一番大きかった。

 二人はそのまま、地面にひれ伏す。



 この村は『欠けたアティカ』の一族である。

 村を拓いた先祖から伝わる古文書によれば、そもそも始まりは「月」の欠けたところ、すなわち影の部分に属するという。


 つまり、女神から授かった指命により、人間達を陰から助ける存在として生じた人々なのである。


 彼らは「大地の女神」「真月の女神」「青白く若き太陽神」の三柱を、同等に敬愛し信仰して暮らしてきた。

 別格の存在は、精霊である。

 この世界セレナンの眷属であり世界の意思を直接に伝えるもの。

 野山に出没する精霊火、または精霊の御霊みたまの火は、人の心を試すものであり、人々の生活にも密接に関わっていた。


 ひれ伏したまま動かない二人に、イル・リリヤと名乗った女性は、困ったように首を左右に振った。


「そのようなことをして頂く価値は、わたくしにはありません」


「いいえ女神さま。地上にご降臨なされるとは、なんと恐れ多い」

 ローサは顔を伏せたままだ。


「長年、わたくしに力を貸してくださっている「欠けた月」の戦士たち。どうか頭をあげてください。わたくしは、女神でもなんでもないのです。ただの、人類を保護し助けるためのシステムにすぎないのですから」


 イル・リリヤは、一歩、前に踏み出す。

 色の白い肌に映える、きらめく金髪。

 藍色の瞳は、夜空のようだ。

 彼女の微笑には、困ったような色が見え隠れする。


「どうか、お詫びさせてください。我が息子セラニス・アレム・ダルは、人間を憎んでいます。不和の種をまき、悪意を撒き散らして。本当に、申し訳ありません」


 女神は身体を二つに折って、深々と頭を垂れた。


「おそれながら申し上げる」

 コマラパが口を開いた。


「いくら貴き女神様でも、すぐさま信用することはできかねます。悪くすれば、それさえセラニス・アレム・ダルの計略なのかも知れぬと、疑心暗鬼にならざるを得ない」


 コマラパは精霊の兄妹に、視線を移した。


「レフィス・トール殿。ラト・ナ・ルア殿。ここは精霊であるあなた方のご判断を仰ぐしかないと、わたしは思う。どうだろうか。この投影像の女性は、真実を告げているのか。我々の敵ではないと信じられるのか」


 レフィスとラトは、目を閉じた。

 世界の大いなる意思と、会話をしていたのだろうか。

 しばらくして、目を開けると、こう応えた。


「ええ。世界セレナンは、信用して良いと言っているわ。彼女は間違いなく、真月まなづきに宿っている意識であり、現在の地上にいる人類の生存補助システム、イル・リリヤよ。セラニスからの干渉は、今は、ないわ。いっそ不審なくらいに」


「イル・リリヤ。それにしても、あなたは長らく地上への干渉をしてこなかった。今頃になって姿をあらわしたのには理由があるのですか」

 レフィス・トールが、不審げにたずねた。


「あの子、セラニス・アレム・ダルは現在、ウィルスへの対応で追われているので、わたくしに監視の目が行き届かないのですわ。ですからこうやって、地上に来られたのです」


「機能の一部を凍結されていると、おっしゃられたが」

 コマラパが疑問を口にする。


「ええ。わたくしが諫めるのを常々、厭うておりました。自分こそが地上の人間達を束ねる王なのだと。そんなことはないのですが……どこで、はき違えてしまったのか」

 女神は目を伏せ、かすかなため息をついた。

「わたくしはこれまで、自由に地上に降り、人類と接触することができないようにされていました。今だから、こうやってお詫びにうかがうことができたのです」


「セラニスのせいで迷惑を被っていることは確かだけれどね。真月の女神様に謝ってもらっても、別に、いらないわ。それより……」

 魔女カオリであるところのカルナックは、思案顔になる。

 傍らの、クイブロを見やった。

「彼を助けてくれたなら、少しは考えをあらためるわ


「はい。干渉こそできませんでしたが、地上の様子は、ずっと見守っていました。息子のせいで身体に麻痺が残っている方がいらっしゃいますね。こちらへ連れてきてください。それとも、よろしければ、わたくしが、そちらへ伺いましょう」


「女神様、わたしが息子を連れてまいります!」

 ローサはかしこまって声をあげ、クイブロを、ひょいと持ちあげて運ぶ。


「では、ここへ。村長殿。わたくしを信用してくださって、ありがとう。息子がご迷惑をおかけしているのに」


「とんでもございません。魔の月は、魔の月。あなた様は真月の女神様です。この子は、わたしの大事な息子。どうか助けてやってください」

 ローサはクイブロをイル・リリヤの前に横たえた。


 カルナックも共に前に進み出て、クイブロの手を、そっと握った。

「だいじょうぶよ、イル・リリヤに任せてみて。もし彼女が悪意を持って何かするようだったら、私が許さないわ」


「うん。カルナックがそう言うなら。……おねがいします。女神さま」

 クイブロは頭を上げようとしたが、やはり動かない。


「かしこまりました。要請を受諾します」

 イル・リリヤは、微笑んで、膝をついた。それでもなお、その姿は地上から僅かに浮いている。


 イル・リリヤの身体を包んでいた光の粒子が、クイブロを、ゆっくりと覆っていく。


「クイブロ!」

 カルナックが心配そうに叫んだのを、クイブロは耳にして。


「だいじょうぶだよ。カルナック」

 笑って、顔をこちらに向けた。




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