第1章 その31 イリヤ・マクニール博士の告白
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わたくしの名前はイリヤ・マクニール。
人工知能について研究している工学博士です。
西暦××××××年。
地球も老いてきました。
いえ、正確には、人類という種そのものが摩耗し、老いてきたのでしょう。
ですから、わたくしたちのような「サンプロイド」が……遺伝子バンクに保管されている過去の人類から作られた「レプリカ人類」が、滅亡に瀕した現生地球人類の保護活動に関わることになっているのです。
もっとも、わたくしたち「サンプロイド」を作り出した技術さえも、すでに失われてから数百年が経過しているわけですが。
実年齢?
忘れました。
生きてきて千年を越えると、細かいことはどうでも良くなるものです。
外見の年齢は三十代前半で保っています。
同僚たちは、もっと若い頃の年齢で止める人も多いけど、なんとなく、若い頃の自分の未熟さを思い出すと、いたたまれないのです。
さて、この辺で、わたくしが取り組んでいるプロジェクトについてお話ししておきましょう。
画期的な試みだと話題をさらったものです。
といっても、たかだか、研究者たち、一万人ほどの間で、ですが。
今となっては、地球人類保護運動もはかばかしくなく、なぜかと言えば彼らが、生きたいと思っていないのが原因なのですが。
もう諦めてしまおうというのが、わたくしたち「サンプロイド」の総意になりそうです。
発展も生存も望まない生命ならば。
無理に生き延びさせて何になるのでしょう。
だから、全てを記録に変換してしまおうというのです。
何しろ人類の他に地上に生存している生物は、もう、残っていないのですから。
じきに結論は導き出されるでしょう。
それでも、希望を捨てられない一派もいます。
彼らは、保管している凍結遺伝子を移民船(便宜上、「箱船」とでも呼びましょうか)に詰め込み、外宇宙へ送り出そうとしています。
おそらくこの二つの派閥は同時にプロジェクトを推進していくことでしょう。
現在では、地球の持つ地磁気を用いたウェブが構築されています。
仮想空間を構築し、過去の人類たちを再現した、仮想生命を住まわせようというのです。
それほどに過去の地球にこだわるのはなぜなのでしょう。
その世界に住む人類を保護、管理するシステムは、「イリス」と名付けられ、稼働を始めました。非常に興味深いことです。彼女もまた「生命」であるのですから。
宇宙移民派のほうは、箱船の「改築」に着手しました。
そう、改築です。
地球には、どれくらい昔のものか不明ですが、衛星軌道を周回している宇宙船が現存していたのです。もちろんそのままでは使用に耐えないものではありましたが。
え?
わたくしですか?
わたくしは、すでに、身体を喪失しました。
イリヤ・マクニールという人間は。
けれど死んだというわけではありません。
最初から生きてはいなかったのです。
サンプリングで創り出されたものは一代限りで、増える能力はないのですから。
身体を失ったわたくしは、気がつくと、仮想空間に存在するプログラムの一つになっていました。
同僚たちが、地球人類を管理するシステムの補助のために、仮想空間に人格を再構築したと言っていました。その原型になったようです。
サンプロイドだった頃の同僚達が、摩耗して消えていくのに、わたくしは消滅することもできなくりました。
といって、人類を管理する仕事は、ほぼシステム・イリスがするので、わたくしは暇なのです。
日々、彼女の仕事ぶりを見習う業務をしていますが、どうやら、わたくしは外宇宙へ旅立つ箱船の管理を任される運命のようです。
さらに、もと同僚たちは、わたくしに補助役をつけてくれる方針のようで。
もしも仮にわたくしが人間だったなら、生まれるかもしれなかった子どもとして、遺伝子がサンプリングされます。
性別はまだ不明です。
どうせなら、可愛い子供がいいな。
などと思っているのですが……。
子どもは、白い肌と赤い瞳を持って仮想空間に生まれました。
独り立ちするための教師はシステム・イリスです。
わたくしでは、管理者としての経験値が不足していますから。
地球が滅亡する日が、「箱船」の旅立ちの日になります。
そのとき、わたくしは、システム・イリスと、親友と別れることになるのです。
いまだ生まれ出ない「みどりご」を抱えて。
この子の意識はできているけれども、それを納めるハード、機械や外殻を作れない。
『この子が生まれるためには、足りない部品がある』
もと同僚たちは、そう言います。
部品を調達する術は、もう、地上には存在しない。
だから。
足りない部品は。
滅び行く地球に残されるシステム・イリスを構成する機材から、奪うしか、ない。
けれど、そうして生まれ落ちた子は。
システム・イリスの命を奪って生まれたことを、どう考えるのでしょうか……?
ほんの少し、または遙かな、過去の物語です。




