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第1章 その30 真月の女神イル・リリヤ降臨


30


 からくもセラニスに勝利することができたカルナックに、精霊の兄妹と、カントゥータが駆け寄り、抱きつく。


 コマラパはローサから、窓越しにクイブロの身体を引き取った。まだクイブロはセラニスに受けた麻痺状態から回復できていない。

 クイブロを渡した後、ローサまでも窓から身を乗り出した。

 コマラパはクイブロを地面に下ろしてから、ローサの身体を支えて窓のこちら側に飛び降りるのを助けた。


 皆がカルナックを囲み、無事を喜び合う。


「それにしても、クイブロ! あんた、なんてことをしたんだい!」

 突然、ローサが大きな声をあげた。


「この子の晴れ着を脱がせたね! 嫁にきてもらったからって、もう髪を解こうとでも思ったのかい! まだ早すぎるよ」


 大森林に住むクーナ族も含め、この高山台地に住む人々の慣習である。

 女性は、きちんと編んだり結い上げた髪を解くのは、恋人か、ごく親密な関係にある者にしか許さないのだ。

 もっともクイブロはカルナックとすでに今夜、伴侶の杯を交わしているのだから、ローサの言い分は少しばかり横暴ではあった。


「嫁取りをしたからといっても、あんたはまだ子どもだ。せっかく来てくれたお嫁さんにいやらしいことを無理強いしたら、逃げられちまうよ!」


「母ちゃん誤解だ! おれは、この子のスカート(ポリエラ)を脱がせたりは」

 動けないクイブロは、ただ、焦る。


「じゃあ、この子が自分で下着姿になったとでもいうのかい!」

 ローサは容赦なく叱責する。

「どうせ言い訳するなら、もっとましな嘘にするんだね」


「…………」

 嘘では無く本当にカルナックが自分で脱いだのだ、しかも全てを。とは、口にできず、クイブロは黙ってしまった。


 なぜカルナックが自ら服を脱いだのか。

 いまだ、その肌に無数に残る、刃物で切られた傷跡を彼に見せて、実の父親に虐待されていた辛い過去を打ち明けてくれるためだったから。

 そのことを、母親のローサに対してであっても、口にするのは躊躇われた。


「お義母さま。待って。クイブロのせいじゃないんです」

 取りなしてくれたのはカルナック自身だった。

 ローサの怒りから庇うように、地面に横たえられているクイブロに寄り添う。


「わたしが自分で」

「だめだ、言うな」

 カルナックが自分で全裸になったと言い出しそうなので慌ててクイブロは制止した。

「おれだけが知っていればいい」

 と、声を落とす。


「母さん、まあ、いいじゃないか。この子達は精霊様のお導きで伴侶の杯を交わしたんだ。どう振る舞うべきかなんて承知しているはずだよ」

 カントゥータが、母親をいなす。


「然り。このカルナックは精霊の愛し子。ローサどのに着せて頂いた晴れ着から、精霊に贈られた装束に着替えたのは、かの『魔月まのつき』と戦うためなのだろう」

 コマラパが話を引き取った。


 内心では、だいたいの事情は想像がついていた。

 カルナックは、クイブロに、どうしても言わなければならないことがあると、杯を交わす直前まで、落ち着かなかった。

 父親に虐待されていたことまで打ち明けたかどうかはわからないが、肌に残る刃物の傷痕を隠したままではいられなかったのだろうと推測できた。


(なにもかも自然体、包み隠さない子だからな)


 そして、ふと思う。


 カルナックは、このまま、前世の香織の姿でいるのか?

 精霊の森で出会ったときのカルナックは?

 カルナックの中に同居している乖離した意識の一つ。

 あの子は眠っているのか? 起きているのか?



「なんという嫁御だ。『魔月』と渡り合い、獣の王と恐れられる大牙タイガ夜王ビッチェを二頭とも従えるとは! さすが精霊の親族」

 生粋の戦士カントゥータは、カルナックの戦いぶりを讃える。

「それにしても嫁御は大きくなられた。どういうことなのかわからないが。これではクイブロのほうが年下のようだな」

 カントゥータは笑ってクイブロの頭を、ぽんぽんと軽く叩いた。


「まだ身体は動かせないのか?」

 真顔に戻って、聞く。


 クイブロは頷いた。

「うん。くやしいけど、手も動かせない。持ち上げてもらえば動くけど、自分では、力が入らないんだ」


「セラニス。あいつ、次に会ったらどうしてやろうかしら! クイブロ。だいじょうぶよ。私が絶対、なんとかしてあげるから!」

 カルナックは膝をついてクイブロの身体を抱き寄せた。

 動けないまま、クイブロが顔を赤くしていることには、気づいていなかった。

 恋愛にうといところは、やはりカルナックである。


 そのときだった。

 巨体を地に伏せていた二頭の獣が、月を見上げ、オオン、と、一声、咆哮した。


 獣の本能が、何かが起ころうとしているのを、感じ取ったように。



 セラニス・アレム・ダルの姿が消えた、月下の高原に。

 ふいに、細かい光の粒子が降り注ぐ。


 それはしだいに、人の姿をとりはじめた。


 現れたのは、一人の女性の姿だった。


 年齢は三十歳くらいだろうか。中年とまではいかず、容貌はまだ若々しいが、落ち着いた雰囲気を持つ女性だった。

 肩までの長さで揃えた、明るい金髪、藍色の瞳。

 神の造作になる美貌というより、もう少し身近な、個性的な美女という面持ちだ。


 光沢のある布地でできたシンプルな白いドレスは、膝が隠れるくらいの長さ。

 足にはドレスと同じように白い、紐で編み上げる形のサンダルを履いていた。


 しかし、不思議な現象がある。

 サンダルを履いた足もとは、僅かに地上から浮いていて、夜にしては明るい満月の光を受けながらも、地上に影は落ちていなかった。


 彼女もまた、実体ではない、投影された姿であるということだ。



「こんばんは、『欠けた月』の村の皆様。不肖の息子セラニスが皆様にご迷惑をおかけしておりますこと、お詫びに参じました」

 その女性は、深々と、頭を垂れた。



「わたくしは、イル・リリヤ。この蒼き大地セレナンに降り立った人類の生存補助を司るもの」


 声は、音では無く、皆の胸に直接、届く。

 精霊たちの声と同様に。


「ただし現在は、機能の一部を息子により凍結されておりますので、本来の能力を発揮することは叶わず。申し訳なく存じます」



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