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第1章 その21 闇の魔女、並河香織と、セラニスの邂逅


                 21


 並河香織なみかわかおりは、自分が闇の魔女だということはわかっていた。

 セレナンに転生したその時から。

 または、転生する前から。



 何度占っても同じ結果が出る。

 合理的に考えればそんなことはあり得ない。占いが確率の問題ならば。


「また、ペオースだわ」

 床に広げた黒いベルベットの上で、ルーンタブレットを幾たびもスプレッドして。


 何度繰り返しても出る結果は。

 抗いがたい運命。

 大切な人を失ってしまうと、ルーンは囁く。


「パパ。飛行機に乗らないで」

 彼女にできることは警告することだけだった。

 けれど運命は変えられなかった。

 だから彼女に残された道は。


 闇の魔女に、なるだけ。


                 ※


『グーリア帝国の皇帝となった神祖ガルデルの末子。レニウス・バルケス・レギオン。やっと見つけた。きみは、このぼく、セラニス・アレム・ダルのために用意された、空っぽな器なんだから』


 暗赤色の目をした獣が、赤い髪の青年の姿をして、長い腕をのばす。

 嘲りと、さも楽しげな笑みに彩られて。


『おいで。取り立てに来たよ。ガルデルが不死の代償に支払うべき対価。きみを!』


「あ……あ……」

 カルナックの全身が、熱病の痙攣発作のように激しく震えた。


「あああああああああああーーーーーーーーーああああ!」



「おまえは誰だ! おれの嫁から離れろ」

 不審な侵入者に問いを投げかける前にクイブロは動いていた。


 がたがた震えているカルナックの身体を布団のほうに押しやり、「着とけ!」と精霊の衣を投げかけて。

 背後に庇い、侵入者と、まともに相対する。


 帯がわりにしている投石ワラカを緩めて外し、鞭のように用いて侵入者をすぐさま攻撃する。

 屋外なら通常用いる石のかわりに小型の爆薬を投げる策もあったが室内ではそうもできない。

 しかし、すぐに目を見張ることになった。


 荷造りに用いる、リャリャグアという家畜の強靱な外毛を縒り合わせて作られた投石紐は、鮮やかな赤い髪と暗赤色の昏い目をした青年に、確かに届いたのに、何の手応えも無くすり抜けた。


『これだから野蛮人は。ぼくが君になにかしたかい』

 なかなか美形な青年だ。

 無邪気そのもの。


「村には警戒網が張ってある。外部の者が入ってくればわかるはずなのに、鳴らなかった。それは、おかしいんだ。おまえは誰だ。どこからきた!」


『ははぁ。罪状は不法侵入ってとこ?』

 赤い髪の青年の目が、不穏に輝いた。

『でも君。さっき、面白そうなことやってたよね。レニが嫁だって? これからレニをどうするつもりだったのかな? 見ててやるから、続きをしなよ』


 カルナックには、こう囁く。


『レニウス・レギオン。とっくに気がついているんだろう? こんな野蛮な暮らしをしている辺境の村で、労働力にもならない、ひ弱な、きみを娶るなんて、もちろん身体が目当てに決まってる。要するに、きみを抱きたいのさ。ガルデルと同じ。雄なんてみんな同じだ』


「ちがう! クイブロは、守るって言ってくれた。父上も、おまえの言葉に耳を貸さなければよかったんだ! おれにも、よけいなことを教えて! 不幸だなんて知らなければ……」


『不憫だね。不幸だと知らない不幸な子どもを、ぼくは少しばかり哀れんだだけさ。なのに、虐げられるままでいたかったの?』

 セラニス・アレム・ダルは、嗤う。

『それより、諦めて、ぼくの器になっちゃえば? そうしたら、何もかもきれいさっぱり焼き滅ぼしてあげるよ。きみを穢し傷つけた、全てを。グーリア帝国を、皇帝を、それに……この村も。この少年も』

 影の中から、手が伸びる。


 セラニスには、こちらからは触れられない。

 触れようとしてもすり抜けるだけなのだ。

 けれども彼の伸ばした手は、クイブロの首に届いた。


 クイブロは身動きができなくなっていた。

「くそっ!」


『悔しい? もう動けないよ。神経組織をいじったから。人間には、ぼくに何もできない。レニを守るなんて言ったのかな? このぼくを前にして。傲慢だね』

 魔の月は、嘲笑する。


『ねえ、レニ。それとも、この少年を今すぐ絞め殺してあげようか』

 魔の月は、誘惑する。

 ガルデルを、そそのかしたように。


『きみは、ほんとは怖かった。彼も、この村も、惹かれているのに憎んでいた。暗いところに身を置いて光から目を背けるようにさ。だから、きみの中は居心地がよさそうなんだよね……ねえ、ぼくをきみの闇に住まわせてよ』


「いやだ。おれは、おまえの器になんかならない!」

 カルナックはクイブロの背中にすがる。

「しっかりして! おれがきっと、動けるようにするから!」


「へえ、どうやって? ねえ、人間って、実現不可能なことを、どうして口にするのかな?」


「この子は渡さない。おれの大切な嫁だ」

 クイブロは吐き出すように言い放つ。

 首から上だけしか、自由にならないのが、もどかしかった。


「おれも……クイブロだけだよ、おれの伴侶は……」

 カルナックは目を伏せ、微かな声で、つぶやいた。

「……たすけて。……カオリ」


 しばらくの沈黙の後に。

 カルナックは凜として声をあげた。


「その子を離しなさい、魔の月セラニス。私は、もう、レニウス・レギオンではない。名前は、自分で付け直したわ。だからあなたの言葉などに、何の影響も受けない」


 落ち着いた、柔らかな少女の声。

 今までの、幼い子どものままのカルナックの声ではなかった。


「わたしが、この世界で、やっと見つけた大切な光よ。クイブロから離れなさい!」



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