第1章 その14 残念な美女戦士カントゥータ
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あからさまな疑惑と敵意に彩られていた女戦士の顔が、家族へと向ける愛情のこもった表情に変わった。
「そうかなるほど。クイブロの嫁だから、村の入り口に設けてある侵入者を報せる警鐘が鳴らなかったのか。それにしても我が家の末っ子クイブロが、もう嫁取りを考えるような年頃になっていたとは」
腕組みをして、何度も、うんうんと頷く女戦士である。
黙って微笑んで佇んでいれば、エルレーン公国の首都イル・リリヤでも滅多にお目にかかれないような、美貌の、妙齢の女性であるのに。
にんまりと頬は緩んでいたが、その手に、いまだ臨戦態勢の飛び道具であるスリアゴが握られているのは、いかがなものだろうか。腰帯には切れ味の良さそうな片刃剣が抜き身で差してあるというのも。
まったく残念きわまりない脳筋系美女だった。
「クイブロ。こんな美人を連れて帰るとは、でかしたぞ。親父どのも、なかなかの遣い手とお見受けする。『欠けた月』一族の村へ、ようこそ」
女戦士は手を広げて客人を招いた。
「私は村長の長女で跡取り、カントゥータ」
(嫁!?)
(親父?)
カルナックとコマラパは顔を見合わせた。
さっきコマラパが言った、カルナックが『精霊の愛し子』だ、という言葉は耳に入らなかったのだろうか。
カルナックとコマラパの困惑は半端なかったが、この場で勘違いを訂正するのは躊躇われた。
嫁ということで、せっかく友好的になっているカントゥータという女戦士が、家族にならないならと、いつまた敵意丸出しの戦闘狂に変貌しないとも限らない。
それに差し迫った問題として、せめて一夜の宿は、必要だった。
とりあえず、コマラパは、カルナックの足に精霊の養い親であるラト・ナ・ルアが、森の木々の皮と、清浄な空気で織り出した布で作ってくれた靴を履かせる。
足にぴったりと合う。
「これで足が痛くなくなったよ」
「だろう。だからこそ精霊の贈り物なのだ。もう捨てるなよ。その服も」
「うん、捨てないよ。森に帰らなきゃ新しく作ってもらえないし」
「では、嫁御、親父殿。我が家まで案内しよう。悪いが日も暮れる。嫁御はせっかく靴を履いたところだが、コマラパ殿に抱いていてもらったほうがいい。少し急ぐからな」
やはり答えも待たずにカントゥータは歩き出した。
言葉の通り、かなりの早足だった。
クイブロも懸命についていくし、コマラパも、見失っては大変と、カルナックと、その肩にしがみついている白ウサギの「ユキ」ごと抱き上げた。
彼ら、アティカ……『欠けた月』の一族は、エルレーン公国の領土の一角、高山台地に、平時は牧畜を営み、毛をとるためのパコや山羊、羊を飼い、優れた保存食に加工されるイモや、野菜を栽培して暮らしている。
ところが、ひとたび戦が起これば、彼らは様変わりする。
牧童であり農夫であると同時に、骨の髄まで戦士であるからだった。
家まで案内すると言い、カントゥータは先に立って歩き出した。
まるで競歩のような勢いなので、コマラパはどうにか後れないでついていくので精一杯である。
地面を歩くのには慣れていないカルナックを抱えたままだ。
もっともカルナックの体重は非常に軽い。自ら助け『ユキ』と名付けた白ウサギほどもないのだった。
石造りの頑丈そうな家々が、軒を連ねている。
屋根部分は高原に生えているスゲで葺いてあったり、木の皮を剥いできたらしい大きさの揃った小片で葺いてあったりと様々に工夫をこらされていた。
二百軒ほどだろう。
家の近くには家畜を入れるための石囲いがあり、数十頭が入っていた。
カントゥータが足を止めた。
集落の中央に位置する、他より一回り大きな家だった。
追いついてきたクイブロは、満面の笑みを浮かべた。
「コマラパ! カルナック。着いたよ!」
カントゥータも、自慢げに胸を張った。
「ここが我が家、村長のプーマ家だ。入ってくれ」
※
「ねえコマラパ。なんでこうなったのかな?」
「うむ。歓迎してくれているのだからな。ありがたく受けるしかなかろう」
「嫁じゃないって、今さら言えない雰囲気なんだけど……」
カルナックとコマラパの前では大宴会が繰り広げられていた。
村長の家には、集会ができるほど大きな広間があり、数十人が一度に詰めかけていた。
クイブロの両親、兄や姉、親戚の叔父叔母、従兄弟たちほか、村人が大勢集まっていたのである。
石のテーブルに、大皿に盛られたご馳走が乗っている。
オルノと呼ばれる土で造られた竈で蒸し焼きにした肉料理や大きなパンやイモ、それにたっぷりの肉と野菜の入ったスープが、たっぷりと盛られて、惜しげも無く皆にふるまわれている。
さらに大きな素焼きの瓶にいっぱいの濁り酒も運ばれてきて、ビールの大ジョッキくらいの素焼きのコップに満たされ配られている。
まず「大地の女神ナ・ルーナに捧げる」として最初の一杯は竈の灰に献杯される。
それから全員での乾杯である。
料理もめいめいが大皿から取り放題。客人のコマラパとカルナックには、上機嫌のカントゥータが取り分けてくれた。
「さあさあ。熱いうちに。焼きたては極上の味付け。冷めたイモは家畜も食わない。この村の格言だ」
コマラパとカルナック、カントゥータとクイブロは、宴席の大テーブルの、一番奥に、四人並んで座っていた。
まるで、ひな壇に並んだようで落ち着かない。
白ウサギの「ユキ」は、ちょこんとカルナックの膝にのって、おとなしくしている。
家に入ってきたときに、非常食糧を持参してきたのかと思われて取り上げられそうになったので、ユキも怯えて、カルナックの側を離れようとしないのだった。
カルナックたちの足下には、室内で飼われている、茶色の毛をしたビスカチャ(ウサギ)や丸々と太った大ぶりな齧歯類が、時おり食卓から投げてもらうイモや野菜を忙しく口に運んでいたが、ユキは決して仲間には加わろうとしない。
むしろ、食べる必要もなさそうだった。
カルナックや、精霊たちのように。
どうしてこうなったかと、コマラパは村に着いたときからのことを振り返った。




