第5章 その17 ラプラから見た話(2)女神の試練
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結婚祝いの宴は三日三晩続いた。
もちろん村人全員が招待されていたので、あたしラプラと仲良し三人娘も、ご馳走は食べられるし喜んで参加していた。
婚姻祝いの大宴会から、半月ほど過ぎた。
相変わらずクイブロと嫁のカルナックは、はたで見ていればラブラブカップル。
カルナックのほうは、伴侶ってなんなのか理解してなさそうだったけど。
そんなある夜。
あたしは奇妙な夢を見た。
まるで、あたしがあたしじゃないみたいな感じがして。
身体が熱くて、心臓は冷たくて、おかしくなりそうだ。
やがて、それは夢だとわかった。
今までに見たこともない場所で目覚めたからだ。
そこはがらんとした、打ちっ放しのコンクリートで囲まれたような場所で、精密機械が並んでいて。
まるで実験室みたいなところだった。
『目覚めよアトク。下僕なる者』
突然、暗がりに響いた声に従って起き上がる。
自分の身体では無い、感覚。
これは、アトク?
『だから言っただろう? 傭兵なんざ戦争に勝てば用済みになる。とっとと逃げておけば良かったんだよ。おれみたいになる前に』
近づいてくる、声の主。
アトクには聞き覚えがあった声のようだ。
心臓が、ドクンと大きく脈打った。
おかしい。
脈打つなんて? だって……
「おれはもう死んでいるのに」
自問した。
ベッドから起き上がり、目の前に立っている中年男の顔を見た。
なんともいえない、わびしげな表情をした、しょぼくれた男を。
『蘇生させられたんだよ。この、おれ、ランギと同様にな』
自嘲して、ため息をもらす。
『だが、生き返ってしまったからには、こき使われるだけだぜ。今度は徹底的にすっかり死んでしまうまではな』
「死ねるのか? おれも、あんたも、いつかは」
『いつかはな』
男は、言った。
『命令だ、アトク。ベレーザ第三特務部隊《人形~muñeca》を率いて《欠けた月の村》へ赴き、殲滅しろ。一人として残すな』
そのときランギの目が、金茶色に光った。
アトクの心臓が、縛られる。
指令系統の強制魔法?
おかしい、アトクの記憶ではランギは魔法なんて使わなかった。
なんで今の彼はそんなもの使えるの?
『せめてもの手向けだ。おまえの肉体は死者のまま。生体接続端子に操られているだけだからな。いずれは腐敗し灰燼に帰す。その前に、故郷の土を踏むが良かろう』
「まったくよけいな手間を増やすんだから、ランギは」
背後で、くすくすと忍び笑い。
振り返らなくてもわかった。
これ、セラニス・アレム・ダルの声だ!
「さあ行くが良いアトク。おまえの土地の王が命ずるってさ!」
『それこそよけいなことを』
中年男がぼそりと漏らした。
「だってそうだろ。ランギは前世を思い出したんだから。だからこの世の幸せそうな人間すべてを呪うことにした。このぼくと同じようにね!」
「前世? 『先祖還り』なのか?」
驚きが声に出ているアトク。
『おめえは知るはずもないがな。いちおう教えておこう。おれの前世はティトゥ・クシ・ユパンギ』
男の目が憎悪に染まる。
もちろんアトクは知らなかったけど、魂に同期している感じの、あたしは驚いた。前世の親友、上杉華が、インカ帝国マニアだったから、あたしも華から何度も聞かされたので覚えていたのだ。
ティトゥ・クシ・ユパンギ・インガ。
インカ帝国の皇帝。
キトでアタウアルパ皇帝がピサロに騙し討ちされた後、傀儡皇帝となったマンゴ・インカの息子だ。クスコから逃亡して『新しい太陽』ビルカバンバを首都と宣言した。父親はスペイン人に殺され、自身は天然痘で亡くなった。その後、弟のトゥパク・アマルが最後のインカ皇帝として立ち、敗れて殺された。
『だから、おれは。幸せな人間を全て憎む。そのおかげでガルデル様の覚えもめでたく、グーリア軍内で出世しているわけだ。ガルデル皇帝も、人間を憎んでいるからな。もっとも……人間を滅亡させたところで、陛下も、おれも、そして赤い魔女も。誰も幸せを感じるわけでは無いが……』
このときのアトクには、指令で縛られているせいもあって、理解が追いつかなかった。
けれどあたしは背筋が凍るような戦慄をおぼえていた。
これは『先祖還り』の存在に潜む危険ではないのか。
死ぬ間際に非常な心残りを持って死んだ魂が、平和を望むとは限らないってこと!
たとえば虐殺。侵略。戦争。
考えてみたら人類の歴史なんてそんなものでできている。
セレナンの女神様、なんでこの人に『前世の記憶』なんて蘇らせたの!?
もしや、これも……
壮大な実験?




