第5章 その12 ラプラの初恋(4)アトク兄のバカ!
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あたし、ラプラは悩んでいる。
気のせいで無ければ、アトク兄、村での立場、悪くなってないか?
生まれたときから次期村長に決まっている三歳下の妹を、弟リサスと共に支える良き兄と、村でも目されていたはず。
変化があったのは、あの事件。
三歳のクイブロや老人達数名が高熱を出した後。
その前に村にやってきた怪しい行商人を追って行き、血まみれになって薬を持って帰ってきてから、アトク兄は変わった。
……少なくとも村の人たちがアトク兄を見る目は。
優しい人だったのに。
急に、怖いような迫力を見せたり、すさんだ表情をすることがあった。
でもやっぱり強いしかっこいいし頼もしいよ!
そう思うのは、あたしだけ?
仲良しのティカやスルプイに聞いてみてもかんばしくない。
「なんか怖そう。あんま、しゃべらないし」
「すごみあるよね」
まだ十二歳足らずの少年の言われようじゃないよね……。
しだいにアトクは村人から孤立していった。血まみれ事件なんとなく恐れられていたようだ。
あたしはリサス兄に、それとなく尋ねた。
あれきり姿を見せない行商人の件で、何かあったのではないかと思ったのだ。
見た目は六歳の幼女であるあたし、ラプラに、本当のことを言ってくれるかどうかは、わからなかったけど。
「アトク兄ちゃん、笑わなくなった。なんでかな」
「そうかもしれないなあ。いろいろ、あったんだ」
頭の良いリサスだけれど、このときは逆に、相手は幼いという油断があったのか。本心のようなことを漏らした。
「そういえばね。クイブロが熱を出した、ちょっと前にいた行商人のおじさん、あれから来てないね」
「もう来ない。二度と」
もの柔らかな……言い換えれば優柔不断なところのあるリサスにしては珍しく、言い切った。
「最善の手を尽くしたつもりだった。クイブロや病人は助かったが。おれは、とんでもない怪物を目覚めさせてしまったのかもしれない」
「それってなあに?」
「……よけいなことを言った」
リサスは呟いて。
「ラプラ。小さい子達は気にしないでいいんだ。ただな、大兄ちゃん(アトク)は、もうあまり遊んでくれないかもしれない」
寂しそうに、言った。
それからは、みんなに中兄と呼ばれているリサスも、あまり年下の子と遊ばなくなった。
家畜の放牧を担当したり畑でイモを植えたり掘ったり、日曜日に開かれる市場にイモや毛織りのものなんかを持って行って売る係もある。村では子供でも忙しいので、日々の暮らしに紛れていろんなことを深く考えることも、なかなかできないけど。
でも、あたしはアトク大兄が気になった。
血まみれのアトク。
いつしかそう呼ばれてる。
それから、アトクと同年代の少年たちが、どうも不穏な感じがした。
これは、ただのカンだけど。
※
「アトク兄のバカ! 何やってるの」
「ラプラか。あぶないから、あっち行ってな」
わかってる。年下のあたしが言うことなんて聞くわけない。
「それ、カントゥータ姉のプルンコゥイ(クイ)? いなくなったって探してた」
小さなネズミみたいな死体を埋めてたのを見て、あたしはたずねた。
「○○○が、殺したんだ」
同年代の男の子の名を口にした。
「カントゥータの気をひこうとして相手にされなくてな。こいつがいなければって、邪魔に思ったそうだ。野生のプルンコゥイをひろって可愛がってたのに」
「なんで、○○○のしわざだって言わないの? そっと埋めるなんて」
「あの行商人が来てから、若いのの中に、おかしくなったヤツが何人かいるんだ。人が変わったみたいになって」
「クイブロが熱を出したときの?」
「ラプラ。おまえは聡いが、気をつけないと身が危うくなるぞ」
どきっとした。
前世の、あのひとが、あたしに伝えた最後のことば。
出るな。身が危うくなる、と。
やっぱりアトク大兄は、あのひとだ!
ああ、でも、どう言えば?
アトクは前世を覚えてるの?
大好きだって言いたいのに。
「おれがいずれ決着をつける。おまえは表に出るな。○○○は危ないやつだ」
「アトク兄のバカ!」
何もできない自分が悔しくて、あたしはアトクの側を離れた。
だんだん居場所がなくなっていくのに。
弟や妹の大切なものが壊されたり飼ってる動物がいなくなったりするたびに、誰も言わなくても疑われているのは、アトク。
黙ってられなくてあたしは訴えた。真実を。
でも。
どうして誰も信じてくれないんだろう。
やがて四年に一度の村の行事、投石戦争で孤立しながらも勇猛に戦い、成人の儀でちょっともめ事を起こしたりしたアトクは。
ふつうよりずいぶん早く、村を出ていった。
その頃にはリサスも、出稼ぎに行ってしまっていた。
どうして!?
あたしは後悔した。
アトク、戻ってきて!
戻ってきたら、あたしは今度こそ……!
彼に、聞くんだ。
「ねえ、前世を覚えてる?」




