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第5章 その2 大森林の賢者

               2


「本当ですかローサさん。ご家族の祝いの宴に招いていただけるなんて、なんという幸運でしょう!」

 明るい金髪の青年が、若葉色の目を輝かせた。

 今にも小躍りしそうである。


「いけません若様。そのように、すぐご厚意に甘えるなど、あるまじきことですよ」

(聖職者として)

 と、そっと言い添えたのは、銀髪の青年。


「祝い事は皆で分かち合うものさ。さあ、きなさるといい」

 ローサは目を細めた。


 実のところは、まるきりの善意だけでもないのだけれどね、とローサは内心思うのだが、目の前の、育ちのよさそうなお坊ちゃまに言うことでもないだろう。


 おそらく二人とも、かなりの身分を持った貴族の子弟。しかも外見の特徴を見るにエルレーン公国出身ではなさそうだ。


 一人は雪焼けで頬に赤みを帯びているにもかかわらず、この上ない気品のある面差しをした二十歳ほどの美青年。ほとんど銀に近い金髪に明るい若草色の瞳、色白の肌には僅かに、点々とそばかすが浮いていた。

 身のこなしも物言いも上品だ。平民であるローサへの言葉にも礼を尽くしている。


 もう一人は、きらきらと輝く銀髪、色の薄い青い目をした背の高い青年で、あくまで表に立たず控えめに佇んでいる。見るからに屈強、というのではないが、鍛え上げた筋肉をしているだろうというのは、戦士の一族であるローサには一目瞭然なのだった。


(金髪の子が貴族か。雇い主で、銀髪の子が護衛かねぇ? どっちも、かなりいい家の子だろうね)


 万年雪を頂く霊峰、白き女神の降り立つ座、ルミナレスを臨む山腹。


 山裾に、千人以上の人々が、大陸各地から集っている。

 昔から行われている、名高い「輝く雪の祭り(コイユル・リティ)」の見物に、あるいは参加するために。


 遠国から、どんな種類の、どんな目的を持った人間が続々とやってきていても、おかしくはないのだ。


「我が家の天幕は、こっちだよ」


 ローサは振り返りつつ、周囲に目を配るのも忘れない。

 今のところ、怪しい動きをする者はいないようだった。



「寒かっただろう、まずは温かいスープだよ」

 湯気の立ちのぼる木の椀が差し出された。

 スプーンも木の枝を削ったものだ。

 実は、木製の食器は、標高が高く大きな木がないローサの村では貴重なもの。それを客人に使ってもらうのは最大の厚意のあらわれなのだった。


「ありがとうございます。遠慮なく、いただきます」

 金髪青年が口をつけようとした木の椀を、すばやく銀髪の青年が奪い取る。


「すみませんが、まずはわたしから、いただきます」

 

「あああっ、ずる~い! ミハイルぅ! わたくしが頂いたのにっ」


「ちょっと飲んだら、あげますから」

 まるで兄弟のようである。

 ミハイルは一口すすって、目を見開いた。


「うむ! これは美味い!」


「さあさ。それは金髪の兄ちゃんにあげるんだろ。ミハイルさんのぶんもあるよ。ほら、パンもどうぞ」

 大きな丸いパンの塊を、切ってくれた。

 焼いたイモに、バターも沿えてある。


「トウモロコシのパン? それにこれはジャガイモですね」


「スープもトウモロコシですね! う~ん、つぶつぶ感が絶妙~! これおいっしい! あ、そっちのお皿のは、肉ですか?」


「オルノっていう、土のかまどで蒸し焼きにした羊肉だよ。このソース、ウチュクタも、たっぷりつけてお食べ」


「おいっしい! ウチュクタ? この土地の名物ソースですね。使ってあるのはトウガラシ? それにトマト? あとは……まろやかさが……」


「お兄さん、なかなかの食通だねえ」

 ローサが笑った。


「あ、申し遅れましたが、わたくしはシャンティと申します」

 金髪の青年は、口のまわりにソースをつけながら、深々と頭を垂れた。


「ここは初めて参りまして、今夜の宿にも困っておりましたところ、このようなおいしい、温かい料理をいただき、人心地がつきました。まことにありがとう存じます」


「シャンティさま! 肉食べてますよ!」

 銀髪の青年が、困惑顔だ。

「教会の戒律に反します」


「いいじゃないかミハイル。そんな細かいこと」


「……まあ、ここには教会のお偉いさんも来ないでしょうしね……」


 納得しかねるように眉をひそめた青年に、奥から声をかけた者があった。


「おいしかった? よかったぁ、それ、おれが粉に挽いたの」


 天幕の奥の方に、可愛らしい黒髪の少女がいた。

 十四歳ほどだろうか。

 となりには、同じ年頃の、赤みを帯びた金髪の少年がいる。


「あ、つぶつぶ感が絶妙でした! おいしかったですよ」


「そう? よかったぁ」

 シャンティが礼を言うと、少女は、嬉しそうに笑った。


 高原に咲く小さな花のような。

 可憐な微笑みだ。


「かっ、かわいい!」

 シャンティが声をあげた。

 駆け寄って、少女の手を両手で包むように握った。

「あなた! 将来わたくしの嫁になりなさい! 北国ですが、決して不自由はさせませんっ」


「若様! バカですか!?」

 ミハイルが、シャンティの頭を殴った。

 ごつん、と音がした。


「だめだ」

 少女の隣に立っていた少年が、ぶすっとした表情で言った。

「この子は、おれの大事な嫁だ」


「えっ!? その歳で!?」


「まだ髪は解いてないけどねえ」

 ローサが身体をゆすり、大声で笑った。


「髪を解く?」

 シャンティは首を傾げる。


「若様。このあたりの土地の言い回しですよ。髪を解くというのは、ごく親しい関係にある者だけがすること。転じて、伴侶ならば、……つまりですね」

「というと?」

「察してください若様」

 ミハイルの顔は赤くなっていた。


「ああ、伴侶だけど、まだ床を共にしてないって意味さね。二人ともまだ子どもだからね!」

 ローサは、あっけらかんと言った。


「そ、そそそうですか~」

 シャンティの顔も、赤くなった。


「婚約の披露宴もまだだったし。大人になったら、式も、また、ちゃんとやり直すよ。待っててくれ」

 少年は、黒髪の少女の手をしっかりと握った。

「待ってる」

 少女も握り返し、二人は見つめ合う。


「実質的な伴侶ではなくとも、この二人は既に、世界セレナンの大いなる意思と精霊様もお認めになられた、婚姻の契約を結んでおる」

 さらに奥から、壮年男性の声があがった。


「その子は、わたしの一人娘だ。この一家のほかには、どこへも嫁にはやらぬ」


 体格のいい、長身の男性だ。

 髪にこそ白いものが混じっているが、力強い印象を受けた。



「わたしは、クーナ族の出でな。縁あって、娘を連れてこの村を訪れたのだが。この子が、村長の家に嫁入りすることになるとはなあ。まだ早いと思っていたのだが」

 壮年の男性は、複雑な笑みを浮かべた。


「……もしや、あなた様は」

 シャンティは、言葉を呑み込んだ。

「大森林の、深緑の賢者さまでは?」




 どっ、と、歓声があがる。

 天幕におしかけた大勢の人々が、明るく笑い合っていた。




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