第4章 その31 カルナック、セラニスと対峙する
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空中に舞う、靄のような銀色の細かい粒子。
それによってカルナックが『闇の瞳』の動きを妨害した。
「お義姉さまっ」
「まかせろ」
カントゥータはスリアゴを使う。尖った金属の錘を結びつけた丈夫な紐。これを自在に繰り出すのが彼女の得意技だ。
つい先刻、グーリア帝国産の『生体接続ユニット』を植え付けられ操られていた時のアトクと戦い、愛用の一本は失ったが、予備の武器など、いくらでも持っているカントゥータである。
「どこを狙ってるのかと思ったら、相変わらずバカの一つ覚えの攻撃。悪いけど、ぼくのしもべたちは、『瞳』だけじゃないからね」
セラニスは慌てない。むしろ余裕たっぷりだ。
「すべて落としたのに。『瞳』はセラニスの『器』ではなかったということ?」
期待してはいなかったが。
と、カルナックは、地に落ちた『瞳』を踏みつける。
「それくらい想定内さ。前回も、その乱暴女に『瞳』が落とされたし」
セラニス・アレム・ダルは、負け惜しみを言う。
わざわざ『憑依』してまでやってきた目的をおろそかにして、あくまで、ついでであったはずの『欠けた月』の村の破壊に邁進していた。
しかし、セラニスが『世界』と人類が交わした誓いを反故にしたことに憤ったレニウス・レギオン……今はカルナックと名乗っている……が、前に立ち塞がったことで、ようやく、この村を訪れたのはなぜだったのか、本来の目的を思い出した。
「ああそうだ。レニだった……ガルデルが欲しがってたのは」
「立ち去れ! セラニス」
カルナックは声をはりあげる。
いくら強くともカントゥータ、ローサ、クイブロは人間である。
セラニスという悪意の塊のような存在に蹂躙されるのは忍びなかった。自分が守るのだと決意を固めて精霊の森を離れ、この『欠けた月』の村へ戻ってきたカルナックだ。
その昔イル・リリヤから遣わされた村の守護者である銀竜様に、『世界』に認められたアトクという強力な味方が加わったのはこの上ない僥倖だった。
「思い上がったもんだね、レニウス・レギオン」
対するセラニスは、にやりと唇をゆがめて嗤う。
「三十数年前だった。ガルデルの血族すべてと共に殺されたのを忘れた? 精霊に拾われなかったら、おまえはどうなっていただろう。案外、生まれ変わって幸せな人生を歩んでいたかもしれないじゃないか。今のおまえは、幸福なのかい? もはや普通の人間でさえないのに?」
くすっと、笑う。
「ねえ、レニ? ガルデルに執着されるのも《世界の大いなる意思》に執着されるのも、相手が変わっただけじゃない? 結局おまえは『搾取され虐待される者』なんだよ。諦めな。寂しい皇帝ガルデルの側に来て、永遠に仕えてやっておくれよ」
「断る。そんなの死んでもイヤだ」
カルナックは眉をひそめた。
「まあそう言わずにさ。あいつ、これまで一度たりとも后を持ってないんだよ。レニ一筋だ。他国から交渉材料として沢山差し出されるけど、どれにも手をつけてない」
(もっとも、手は付けないけど王宮に届いたその場で殺して『魔の月』への捧げ物にしてるんだけどね。ぼくは要求してないのに、山ほどの死体。いい迷惑さ)
セラニスの内心の呟きである。
「しらない。そんなの、あいつの勝手だ」
カルナックの表情に、苦痛と躊躇いがせめぎ合う。
それは、ほんの刹那であったが。
「ところで、闇の魔女カオリはどうしたの。出てこないつもりかな。レニだけで、ぼくに対抗できるのかい。諦めろ。レニが手に入ればガルデルは暴君じゃなくなる……かもね。完全な保証はできないけどさ。可能性は高い。どうする? 世界のために身を捧げる?」
(ここに至ってもカオリが出てこない……あのとき、過去の夢の中で、やはりカオリの持っていた闇は、浄化されて消えた? 闇の魔女さえいなければ、怖くはないな)
「だまされるな! カルナック!」
銀竜のそばに居たクイブロが叫んだ。
「おれもコマラパも、絶対にガルデルを許さない! 自分が不死になるためだけに何十人殺した! 帝国を興してからは戦争ばかりだ。何千何万人も、殺させた!」
(いちばん許せないのは幼いカルナックを虐待していたからだ)
内心、思った。
今は山上に避難している村人たちを取りまとめている、カルナックの実の父親コマラパも同じ気持ちでいるに違いない。
「許さない? ただの人間が、ぼくを、ガルデルをどうこうできるのかな? この村も、これで一巻の終わり、おしまいなのに」
たのしげに、高らかに笑い声をあげる、セラニス。
「暴れろ! トカゲども」
駆竜たちは好き勝手に暴れ、家や家畜の囲いを打ち倒している。しかし統率はとれていない。それぞれ行動はバラバラだ。
そのようすを見ていたアトクが、ふと、一言。
「セラニスは駆竜部隊を指揮できていないな」
そして前に躍り出ると、大声で叫ぶ。
《待て! とどまれ、整列!!》
駆竜部隊に向けた、号令が轟いた。
その瞬間。
それまで好き勝手に『遊んでいた』数十頭もの駆竜たちが、いっせいに、ぴたりと動きを止めた。
「駆竜部隊の指揮官は誰か、思い出したか?」
満足げに笑うアトク。
「セラニス。おまえは駆竜部隊全体を操ってはいない。せいぜい今乗っている一頭くらいのものだろう。こいつらの指揮官には、なれなかったようだな」




