第4章 その25 駆竜部隊、猛襲
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見渡すかぎり、廃村かと見紛うほどに破壊された家々。
そこは『欠けた月の村』の中心地。
普段から村人たちが何かことがあれば集っている、村長の家がある。
村長は、今年四十半ば過ぎのローサ・トリエンテ・プーマ。
次期村長はローサの娘カントゥータ・ロント・プーマ。
ローサにはカントゥータの上にアトクとリサスという二人の息子がおり、どちらも優れた戦士だった。
が、この『欠けた月』村では、どれほどできのいい男子がいても、総領は娘と相場が決まっていた。それは先祖が真月の女神イル・リリヤより言いつかった誓約による。
男子は補佐か、村の外に出稼ぎに行く。
現に、ローサの夫カリートは自分の生家を出てローサの家に婿入り、かげひなたなく妻を支えている。
村長の家のすぐ側には、皆が一度に話し合いをできる大きな広場があった。
ところが今、その広場は。
一人の村人の姿も見えず、いちめんに、
駆竜がひしめき合っていた。
二足歩行をする巨大な蜥蜴を思わせる駆竜。
鱗状の、灰色の皮膚に覆われている。
もとより駆竜は、操る人間が乗りこなしていればこそ。
騎手もなく放置された駆竜たちは、しだいに野生の本能を解き放ち、目的もなく破壊衝動に従って暴れ回るだけの大蜥蜴と成りはてていた。
無敵の軍団が、そこにあった。
「あっはははははは!」
いかにも楽しげな哄笑が響く。
駆竜の背中に乗って笑う少年がいた。
年頃は十五、六歳くらい。鮮血のような赤に染まった長い髪が、滝となって。肉付きの薄い、華奢な身体を覆っている。
その少年の周囲には、暗赤色の金属でできた、こぶし大の球体が、十数個も浮かび、彼を中心にして、ぐるぐると旋回していた。
「ぼくの可愛い『魔天の瞳』たち。村を破壊しつくせ!」
声に従って、球体から放たれた、稲妻にも似た光の束が、家々を遅う。
屋根、石壁、苔、家畜の石囲い。
ありとあらゆる物体が、空中に浮き上がっていく。
そして、いきなり、たたき落とされたかのように落下して、家々に激突し、更に破壊を加速させる。
「なんだい、だれも抵抗する者はいないのかな? イル・リリヤの秘密の使命を帯びた村とも思えないね」
口を尖らせて、ブーイング。
天真爛漫にして、非常にはた迷惑な存在である。
「あんたの相手は、あたしで充分さ」
村長の家の前に、一人の中年女が立った。
ローサだ。
少し離れたところにはクイブロが控えている。
「あれれ? もしかして村にはもう村長さんしか残ってないの? つまんない! せっかく、このセラニス・アレム・ダル様が、じきじきに降臨してやったのに」
「どっから来るんだろうねえ。その自惚れ」
ローサは肩をすくめた。
「自信? もちろんあるよ。だって事実だし! このぼく、セラニス・アレム・ダルこそが、母である至高神イル・リリヤが認めた、真実の、この世界の王。魔眼王さ」
胸を張って言うセラニス。
だが、ローサは取り合わない。
「ひよっこ坊やが、何をほざいてるかねえ?」
するとセラニスは、面白くなさそうに、眉を寄せる。怒ったときの獣を思わせるように、鼻先に微かに、しわが寄った。
「ふふんだ。なんとでも言えば? ひよっこねえ? これでも人間の国と同じくらい歳を経てるんだけど」
「うちの嫁に撃退されたのを忘れたかい。どうせ『器』ってものも見つかってないだろう。あんたは、ただの幻なんだ」
セラニス・アレム・ダルの実体は、ここ、地上にはない。
その分身である幻影が、送り込まれているだけなのだ。
「ふん。機能のいくつかは制限が掛かってるけど。幻にはできないことも、このぼくにはできるんだ。ああ、闇の魔女カオリだけは、強敵だったけどね。ほら、もう完全復活できたんだよ。酷い目にあったけどさ」
両手をひろげ、セラニスは、乗っていた駆竜の背中に、立ち上がる。
「それよりどう? ぼくの贈り物。駆竜たちはバカだけど頑丈なんだ。すぐには倒せないよ。こんな面白いこと、見逃すもんか」
「好きにおし。それにしても、わけのわからないものを使う坊やだね!」
感心したようなローサの正直な感想に、セラニス・アレム・ダルは、少しばかり気をよくしたようだ。
「面白いよね! 反重力ビームっていうんだけど。今までは母さんが『使っちゃダメ』って。……ま、そんなことどうでもいいや」
セラニスは、くすりと笑った。
凶悪な、笑みだった。
「こんなの、撒き餌だよ。ちょっとした約束を果たさないといけなくなってさ。これくらい破壊すれば、レニも、じっと見ていられなくなって隠れ場所から出てくるだろう」
「レニ? おれの嫁に、何かするつもりか!」
クイブロが、進み出た。もう腰から投石紐を外して、構えている。
「あれ? 見覚えのあるバカ面だね。レニの伴侶だって言い張ってる子ども。ちょっぴり気の毒だけど、容赦はしないよ」
セラニスは含みのある言い方をした。
「レニは、本来、だれのものなのか。考えてみればわかるよね?」
そして囁く。
「捕まえて持って帰ってやるって、うちのガルデル坊やに約束しちゃったからさ」
「何を企む」
物陰から出てきたのは、銀色の髪をなびかせた長身の青年。
自称『アルちゃん』こと、アルゲントゥム・ドラコー(銀竜)だった。
セラニスに素性を隠している場合ではないと、判断したのだった。
逆に言えば。
この場に降臨しているセラニス・アレム・ダルを、高空の衛星軌道にある本体『魔の月』に帰還させるつもりはない、という意思の表明でもあった。




