第4章 その16 カントゥータとカルナックは駆竜と戦う。意外な援護?
16
遙か遠き南の国グーリア帝国では、孤高なる神祖皇帝ガルデルが、孤独に懊悩する。
ガルデルは、戦乱と流血を欲する『赤い魔女』セラ二アであり、人間界に干渉する『魔の月』であるセラニス・アレム・ダルから与えられた黒髪のいたいけな少女……現在のカルナックを記録した映像に救いを求めている。
しかしながら、その同じ頃、当のカルナックに再会して驚くカントゥータは皇帝の苦悩など知る由も無い。
※
「それにしても我が家の可愛い嫁御よ。愚弟クイブロの話では、その身に危険が及ぶゆえに精霊の森に隠れている筈ではなかったか」
再会の喜びのあと、カントゥータはふと不安になった。
精霊の森に避難しているはずだったカルナックの身を案じる。
「わたしを助けてくれたのはまことありがたいが、だいじょうぶなのか? 精霊様は……」
倒れ伏している駆竜に向かって駆け出しながらカントゥータは、弟クイブロと、精霊の導きによりて婚儀を結んだカルナック(クイブロは、この黒髪の美しい少女を「ルナ」と呼ぶ)に、問いかけた。
「許可をもらったの」
カントゥータと並んで駆けながら、カルナックは応える。
「だって。みんなが危険なのに、じぶんだけ森で護られてるなんて。じっと待っていられなかったんだもん。だから『世界』に、おねがいしたの。村に帰りたいって! クイブロや家族のいるところに」
「帰りたいと! 嫁御。そなたは……」
感激してカントゥータはカルナックを抱き上げた。
差し上げて、くるりと回る。
「やはり嫁御は、まことに軽い。精霊の愛し子よ。まこと愛らしい」
「お義姉さま! 会いたかった」
カルナックは、カントゥータの温もりに包まれ、嬉しそうに目を閉じた。
だが、すぐに目を開き、緊張した面持ちで告げる。
「でも、まずは、あいつを倒してしまわないと! あいつは、じぶんでじぶんを直せるって、カオリが教えてくれてる。だから、そのまえに。たおせって」
「カオリが。なるほど」
カルナックのもう一つの人格である闇の魔女カオリのことは、カントゥータの記憶にも鮮烈に刻まれている。
魔の月、セラニス・アレム・ダルとの戦いは、互角以上。
見事、撃退するに至ったのである。
それを目の当たりにした経験から、カオリの言うことなら真実なのだろうとカントゥータは信じて疑わない。
「あいつはまだ動けない。今がチャンスだよ!」
カルナックは地面に降ろしてもらい、クイブロにもらった投石紐を取り出し、小石を挟んで振り回した。
「おれも戦う! やりかたはクイブロに教わったんだから!」
ヒュンヒュンと空気を切って、投石紐が、うなる。
「嫁御よ、こいつは、うちの長兄アトクに取り付いていたんだ。もう死んでいたのに、操られて、動かされて。許せない!」
カントゥータは走りながら、投石紐を振り回す。
カルナックとカントゥータと。二人の投じた弾が、いまだ立ち上がれずにうごめいている駆竜の身体を撃ち抜く。
カントゥータが投じたのは火薬弾である。
そしてカルナックが放ったのは、魔力を乗せた石つぶてだ。
どちらの弾も駆竜の腹に激突、爆発を起こした。
大きな穴が開いた腹部から、しかし血は噴き出ない。
半透明な膜が覆っているのだ。
まだ原形が残っているうちは油断できないとカルナックは言う。
「カオリが。完全に機能を停止させなければならない。って。どういうことか、おれはよくわからないけど」
「とどめを刺せということか!」
さらに追撃しようとしたカントゥータだったが、
「しまった。火薬弾を使い果たした」
石つぶてしかないなと呟き、駆竜に迫る。
腰に差した小刀を用いるつもりである。
しかし。
接近したときに異変が起こった。
駆竜の身体を覆っていた半透明な膜が剥がれ、一部が持ち上がる。
新たな獲物を探し、触手をのばす。
狙っているのは。
カントゥータ!
「お義姉さまっ! 危ない、退いて!」
駆竜に肉迫しているカントゥータに。
半透明な薄い触手がのびる。
だが、それを。
カントゥータの身体に到達する寸前に、すっぱりと断ち切った刃があった。
わずかに反りの入った刀身。
腕の長さほどの。
黒光りのする、木目にも似た文様が表面に浮き上がっている刀だった。




