第4章 その14 弟嫁との再会。カントゥータは反撃する
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「お義姉さまっ! とどめを刺して!」
せっぱつまった叫びは。
その場にいるはずのない少女の、かわいい声だ。
はっと振り向いたカントゥータの目に映ったのは。
三つ編みにした長い黒髪、水精石色の目を輝かせた、十三、四歳の美少女だった。
その身に危険が及ぶことを懸念した精霊たちによって連れ戻されたはずのカルナックが、そこにいたのだ。
「嫁御! 無事だったのか!」
クイブロから、危険が去って迎えに行くまでは会えないと聞いていたカントゥータは、驚いたが、カルナックの無事を喜んだ。
しかしながら依然としてカルナックの表情には緊張が走っていた。
「お義姉さま。その白い石を、壊してっ!」
「この石を? アトクもそう言っていた。とにかく破壊するのだな!」
カントゥータは投石紐を握り締めて、振り回したが、ふと気づいたことがある。
「嫁御。白い石が、駆竜の身体に張り巡らしている半透明な皮膜。こいつがやっかいだ。火薬弾を当てても、効果がない」
「だいじょうぶよ、お義姉さま。転倒したときに損傷しているから、今なら、破壊できるわ」
このときのカルナックの口調にはクイブロの嫁である『ルナ』らしからぬものが漂っていた。
ルナの魂の底に眠っていた『魔女カオリ』の意識が、危機に際して、表層に浮かび上がってきていたのだ。
もちろんカントゥータは、気づかなかった。
《何だ? なにものだ……指令を阻むモノ……おまえ、は》
キュイイイイン。
機械音が響いて、倒れた駆竜の腹に張り付いていた『白い石』は。
カシャッ、と、シャッター音を響かせた。
内蔵する撮影機器に、目にしたものを記録するために。
「あいつは何をしている?」
カントゥータは、不吉なものを感じた。
「……いや、戦闘に臨んで思い悩むなど、私らしくもなかったな」
カントゥータは、再び投石紐に火薬弾を挟んで振り回し始めた。
が。
ぐらりと、身体が、かしいだ。そのまま体勢を崩して倒れ込んでしまう。
「お義姉さま!」
カルナックが、駆け寄ってきた。
「だいじょうぶ?」
心配そうに眉を寄せて、カントゥータをのぞき込む。
その表情は、あどけない『ルナ』のものだった。
「……くそ。遅効性の毒だ。スリアゴに毒を塗っていたか。アトク兄なら、やりそうだと気づくべきだったな」
「毒? それなら、治せるよ」
ルナは、尻餅をついた格好のカントゥータの傍らに屈み込み、首に腕を回して抱きついて。小さな唇を、カントゥータのそれに、重ねた。
「うぉ!?」
一瞬カントゥータは驚きの声をあげたが、すぐに、気づく。
唇の接触によって、清浄な『気』ともいうべきものが流れ込んできて、彼女の身体に滞留していた毒を、洗い流していったことに。
「こ、これは」
唇が離れたときには、毒は消えていた。
「銀竜様がくれた加護。他の人にも使えるか、試してなかったけど、うまくいったね」
無邪気に笑う。
「ああ。おかげで、元気いっぱいだ。全力で、戦える!」
すると『ルナ』は、にっこりと、微笑んだ。
「よかったぁ」
まるで、小さな花が咲いたように。
そこまでを映像記録装置でもある、くだんの白い石がメモリーに納め、セラニス・アレム・ダルに送信していたことを、まだ、カントゥータとカルナックは、知らない。
「破壊してやる。アトク兄のためにも」
カントゥータは、ゆらりと立ち上がり。
倒れたままの駆竜に向け、突進した。
反撃開始だ!




