2話
「…遅刻、大丈夫?」
腕時計に目をやり、西原はそろそろ出ないと間に合わなくなるなと思った。
「うん、そろそろ行くよ」
西原がコートを取りに行くと、むつはほっとしたように息をついた。その安心したような態度が、悪気のない物で、自分のせいなのも分かっていても、ショックは大きかった。
「むつ、本当ごめんな。なのに…」
苦しませて悲しませたのに、気遣って貰い西原は、それは素直に有り難く思っていた。
「ありがとうな…」
少し意外な言葉だったのか、むつは顔を上げた。頬には涙の流れた後が残っているし、目も赤くなっている。それに言っていた通り、瞼は腫れているしくっきりと隈が出来ている。
痛々しい顔ではあったが、むつは薄く笑みを浮かべた。そして、微かに頷いた。
「ん、見送らないから…ここで…気を付けてね」
西原が微笑んで頷くと、むつは少し悩むように唇を噛んだ。
「…いってらっしゃい」
「あ、あぁ…行ってきます。祐斗君に早めに報告書と請求書回すように、頼むな。じゃ、本当ありがとうな」
むつの言葉も意外だったようで、西原はコートを着ると、がりがりと頭をかいた。そして、照れ臭そうに早口に言うと出ていった。まだ明るくなり始めたばかりで、気温はかなり低く風が痛いくらいに冷たい。むつを傷つけて泣かせた心は、むつの作った温かな朝食と言葉に癒されてしまっている。つくづく情けない男だと思うと同時に、どこまでも優しい強さを持つむつをやはり好きだと思った。