2話
確実に、むつと冬四郎だと分かる距離まできて、追い付いた事に西原はほっとした。2人は何か話しているのか、タクシーを拾う気配はまだない。横顔からして、冬四郎が心配して何かを言っているように見える。西原は走りながら声をかけようと口を開いたが、声は出なかった。
むつの頬に手を添えて顔を上げさせた冬四郎が、身をかがめるようにして近付いた。2人の顔は重なって見えなくなった。西原は立ち止まり、2人の様子を見ているしかなかった。凄く長い時間のように感じられたが、せいぜい1分くらいの出来事だろう。むつは身動ぎせずに、顔を上げている。ゆっくりと離れた冬四郎は、むつの頭を撫でている。むつは、恥ずかしそうにはいかんでいる。
別れを惜しむ恋人同士のような2人だったが、意外とあっさり冬四郎は手を上げて、流しのタクシーを止めた。鞄を受け取ったむつが乗り込み、ドアが閉まった。走り去っていくタクシーをしばらく見送っていた冬四郎が、くるっと西原の方を向いた。
冬四郎がゆったりとした足取りで向かってきているが、西原は動けずに立ち尽くしていた。見てはいけないもの、見たくはないものを、目の前で見てしまった。
「…?西原君?どうした?」
声の届く距離に冬四郎が来ていたにも関わらず、呆然とし動けなかった西原は、はっとしたように顔を上げた。