78/753
2話
ついさっきまで、むつが座っていた所を西原はぼんやりと眺め、深い溜め息をついた。気にするなと言われても、気にしない方がおかしい。むつが泣きじゃくり、仕事を辞めたいのではなく出来ないから辞めるしかないとまで思わせる原因が自分にあったのだから。ずっと泣いていたむつを思い出すと、溜め息しか出ない。
「…あれ?これ…」
西原の視線はテーブルの下の黒い物に向いた。拾い上げて、中身を見ると鍵が5本もついている。
「あっ‼むつのだ」
「どうした?」
「むつ、鍵置いて帰っちゃってます…」
「すぐ行け、間に合うかもしれないから」
山上に言われる前に西原は、靴に足を突っ込んでコートも着ずにばたばたと店から出た。
冬四郎が付き添っているからといって、怪我をしているうえに、眠たいむつがそんなに早く歩けるわけがない。西原は、追い付けるかもと思っていた。
店のある細い路地を抜けて、酔っ払いのあいだをすり抜けて、走っていくとすぐ目の前には大通りが見えた。むつと冬四郎だろうか、夜だし距離があるから定かではないが、後ろ姿からしてあの2人のようだ。