1話
「…寒くないか?」
しばらく黙って夜景を見ていたが、西原が少しむつの方に身を寄せてきた。
「寒いよ…スカートだもん」
「余計に、か」
うんうんと頷いた西原は、むつの方を向き両手を広げている。何をしているのかと、むつがいぶかしげに見ている。視線を夜景に戻しても、西原はそのまま両手を広げたままでいる。
「…何してんの?」
「待ってんだよ。さっきみたいに飛び込んで来るのを。ほれ、寒いだろ?」
「え、いいよ…何かやだ」
にやにやとした笑みを浮かべる西原の側には行きたくないのか、むつが背を向けると、歩み寄った西原が後ろから抱きすくめた。前を開けてあるコートで、むつの身体を包むようにしている。
「下心なんかねぇよ」
むつはちらっと西原を見た。
「…それに、悪かったな。ここが最初に思い付いたから…寒くなくて、その…昔の事がない所の方が気分転換には向いてたよな。ごめんな」
耳にかかる西原の息が熱く、むつはまた顔が赤くなっていくのを自分で気付いていた。
「こっち、向くの嫌か?」
はぁと息をついたむつは、西原から離れた。西原の顔を見ないようにか、むつは少し伏し目がちだった。再び、はぁと息をついたむつは少し首を傾げた。
「ありがと…気遣わせちゃって、ごめんね」