1話
事務所に戻らずに、引き返すようにして行き先を変更した西原は、高速道路を使ってどんどん市街地から離れていく。むつは行き先も聞かずに、西原の運転に身を任せていた。
高速道路を下り、大きな道から反れて山道を入っていく。街灯も民家もなくなり、細い道に入っていくと左右にあるのは木ばかりで、辺りは暗くヘッドライトの明かりだけでは、とても寂しい場所だった。
「あ、やべぇな…道忘れたかも」
「…頼りないなぁもぅ…まだ真っ直ぐ」
「どこに向かってるか分かってんのか?」
「分かってるよ。失礼な…夜景の所でしょ?…何回も先輩が連れてってくれた所だし」
語尾の方が、もにょもにょと消え入りそうな声になっていた。行き先も分かって、道も覚えているくらいなんだと思うと、西原はもう嬉しさしかなかった。
「そっか。ずっと来てなかったから、曲がる所忘れた。この辺、似たり寄ったりで目印になるものないな」
「曲がる所には、カーブミラーあったはず。ここより細くなる道で…あ、ほら‼あそこ」
「あぁ、本当だ。記憶力いいなぁ」
感心したように西原が言うと、自分の記憶があっていた事に嬉しそうな顔をしていたむつは、何故か急に黙ってしまった。嬉しそうな表情も消え、少し寂しげだった。それに気付いた西原だったが、今更行き先の変更をするつもりはなかった。
むつの言った、カーブミラーのある角を曲がり、細い道をずっと登っていくと森を抜けたのか左右に見えるのは、畑ばかりに変わった。だが、相変わらず街灯はないし、対向車もなく静かな場所だった。