1話
素直に謝られると怒ったり、責めたりする気にはとてもなれない。そもそも、そんな嘘をつかれた所で、理由としておかしな事でもない以上、怒る気も責める気も最初からなかった。
はぁと溜め息を漏らしたむつは、身体ごと西原の方を向くようにして、少しうつ向いている。
「何かさぁ…辞めるなら早く言わなきゃいけないじゃん?分かってるんだけどね、言いにくい。散々迷惑かけて、ついこの前やっと事務所が元に戻ったばっかりで皆でお祝いして。社長のおかげで引っ越しも出来たし…迷惑かけたぶんは、取り戻さないとっていうのも思ってる」
「それで余計に言いにくいのか。けど何で?辞めたい理由は?」
「………」
「それは言えないか?」
むつは黙ってしまった。西原はそれ以上は、何も言わなかった。だが、もうすぐで事務所の前まで来てしまう。
「…山上さんに戻るって連絡してるのか?」
「してある」
「なら、ちょっと俺に付き合え。そうだな…渋滞してるから2時間くらい遅くなるってメールしろ」
むつは驚いたように目を大きく開けている。西原自身も、連絡してあるのに自分に付き合えと、提案ではなく決定のように言った事に少し驚いていた。普通まだ連絡してないなら、のはずなのにと後悔はしたが、むつはジャケットのポケットから携帯を出して操作をしている。
「送ったよ。渋滞してるからって」
拒否されなかった事に安心した西原は、肩の力を抜いてほぅっと息をついた。
「あ、おっけー急がなくていいだって」
「そうか。山上さん、優しいな」
「本当にね…」