1話
「…何考えてるんだ?」
「特には何にも」
帰り道、またしてもむつは外を眺めているばかりで全然喋らなかった。振り向きもせずに返事をしたむつは、ぼんやりとした様子だった。ちらっとむつの様子を見た西原には、それが嘘だとすぐに分かった。
「お前、さ…嘘つくの下手なんだから。それに、俺に通用すると思ってるか?」
深く聞かずに、聞き流してしまう事も出来た。今までは、あまり聞かれたくないのかとむつを気遣い、聞こうとはしなかったが、今は聞かずにはいられなかった。
しばらく黙っていたむつが、ゆっくりと西原の方を向いた。マスクで口元が隠れていて見えないが、少し細められた目元は笑っているようだった。
「それは思ってない。でも、先輩は嘘だって分かってても、聞き流してくれてたから…珍しく追求するんだね」
「まぁな。で、どうした?」
「うん…辞めようかな、って…仕事」
「…えぇっ‼」
「聞いてきたくせに…そんなに驚かなくても」
「いや、いやいやいやいやいやいや…驚くだろ?普通に!!急すぎるからな」
「かなぁ…?あ、誰にも言っちゃダメだよ?まだ社長にもしろーちゃんにも話してないんだから」
誰にも打ち明けていない事を、急ではあったが聞いてしまった西原は、驚くばかりですぐに何も言えなかった。だが、山上にも冬四郎にも話していない事をむつの口から聞けた事には、喜びもあった。秘密を聞けた喜びはあったが、内容としては喜べるものでもなかった。
「だからね最近、タイミングよく祐斗は冬休みだし。なるべく現場に出そうと思ってさ…」
「慣らさせようと?それで、宮前さんの依頼も祐斗君に行かせたってわけか?」
「そう。しろーちゃんはあたしに直に言ってきたけどね。ま、先輩もだけどさ…ごめんね。忙しくないわけじゃないけど…嘘はついたから」