1話
むつもココアの入ったカップを取り出して、ふぅふぅとしながら飲んでいる。しばらく2人と1匹は、黙ってそれぞれの飲み物を味わっていた。いくら飲み物が温かいといっても、外気に触れるとあっという間に冷めてきている。
びゅっと風が吹くと、むつは寒そうに肩をすくめた。震えながら吐く息は白く、それを見るだけでさらに寒さが増すような気がした。
西原がそれに気付くと、そっとむつとの距離を縮めたが、その間にホットミルクを飲み終えたのか、口の回りを舐めながら狛犬が割り込んだ。すとんっと身体を階段板につけ、むつにぴったりと寄り添っている。
「…寒いなら、中に入る?もう神はいらっしゃらないから、入っても怒られる事はない」
「大丈夫。それでもまた戻られるかもしれないし。神職でもないあたしが入るわけには、ね」
分厚い毛を撫でながら言うと、狛犬はふむふむと頷いた。無理矢理、間に割り込まれた西原は、またむすっとした顔をしている。
「ねぇ、向こうの子は?」
「あいつは出てこないさ。神が居なくなってからは、する事もなくなって…あぁしてじっと黙り座り続けているだけ」
「そっか…待ってるんだね」
「帰られる事はないと思うけどな」
「これじゃぁね…」
寂れた境内を見回したむつは、仕方ないよねと呟いた。枯れ葉がつもり、まともに手入れもされていない木は、あちこちに自由に枝を伸ばしている。雑草も生い茂っていたのだろう、枯れたものが折り重なるようにして倒れている。
暗い雰囲気になったのを変えようと思ったのか、むつは紙袋に手を突っ込み、焼き菓子を取り出した。袋を開けて半分に割り狛犬の鼻先に持っていく。甘い香りにひくひくと鼻を動かした狛犬は、試しにぺろっと舐めてから、ばくっと口に入れた。残りを床に置くと、むつはまた手を突っ込んで菓子を取り出した。半分を西原に渡し、残りをまた半分にして狛犬にやって、残りを自分の口に入れた。