1話
狛犬は少し首を傾げたると先に歩き出した。むつと西原が顔を見合わせていると、立ち止まった狛犬は振り返ってみせた。どうやら、ついて来いと言っているようだ。むつが先に歩き出すと、荷物を持たされている西原も後に続いた。
大きな巻き毛の犬が、堂々と人通りのある道を歩いている。そのすぐ横にはむつがいる。さらにその少し離れた後ろから、テイクアウトした飲み物を持ってついてきている。端から見れば女の子が大きな犬を、リードもつけずに散歩しているようにしか見えないだろう。それほどに、むつのすぐ横にぴったりと犬がくっついている。
折角ゆっくりとむつと暖かい場所で、お茶をしていたのを邪魔され西原は少し不機嫌そうだった。だが、仕事を優先させないわけにもいかない。
神社の石段の前まで来ると狛犬はテープをくぐって、とんとんっと石段を登っていく。むつはその後ろ姿を見ながら、西原がやってくるのを待っていた。西原はむつに追い付くと、狛犬を見上げた。
「あの子、たまにお散歩してるのかも…」
「何でそう思うんだ?」
「誰もあんなデカい犬がリードもつけずに歩いてるのに驚きもしないし、振り返りもしなかったもん。見慣れてるのかもね…駅前なんて店がいくつもあるのに、誰も気にしてなかったよ」
「成る程な。で、あの犬は何だ?」
「だから、この神社の狛犬だってば」
「…狛犬は石だろ?」
「ま、来たら分かるよ。けど、またここ登るのか…運動不足のあたしにはキツいわよ」
文句を言いつつも、むつはテープを持ち上げてくぐると、とんとんとんっと石段を登り始めた。