1話
むつは、ふぅと息をついてゆっくりとココアを飲んだ。甘く温かい物が、身体に入ってくると身もこころも落ち着くようだった。西原がタバコを吸い始めると、むつはそれを横目に見ながら椅子にもたれた。
「もう大丈夫か?」
「うん…はぁ、疲れたけど」
カップをテーブルに戻したむつは、本当に疲れている様子だった。西原は特に何かを聞く事はしなかった。
「あのお地蔵様は、いつ壊されたの?」
「あれは事件の日じゃないか?発見したのが、その日だったからな」
「あれはって事は…てか、あそこはたぶん、何体かお地蔵様あったよね?」
むつが何故、地蔵にこだわっているのか西原には分からなかったが、今はそれを聞かずに頷いた。
「事件の少し前にも1体壊されたな」
「そっか…うーん…ん?」
悩みながらむつが窓の外に目を向けると、大きな犬が見えた。くりんっとした巻き毛の犬が、店の前に座り窓越しにむつの方を見ている。
「先輩、あれ見える?」
むつが指差すと西原はそっちに目を向けた。
「でっかい犬だな。何犬だ?毛がくるくるだけど、あれは美容院とかでやったのかな?」
「あれは地毛だね」
さらっとむつが答えると、何犬なんだと西原は聞きながら窓の方に顔を寄せると、こつこつと指先で窓を叩いた。犬は特に反応を示す事なく、じぃっとむつの方に視線をそそいでいる。
「先輩、コーヒーとココアテイクアウトにしよ。ついでに…何か、何か食べ物も」
「ん、良いけど…もう少しゆっくり飲んでてもいいんじゃないか?身体、まだ冷えてるだろ?」
「大丈夫、大丈夫。お迎えに来てくれたんだもん…待たせてたら悪いわよ」
「迎え?誰がだ?」
西原はわけが分からないという顔をしているが、むつはそれを無視して店員を呼び出すと、テイクアウト用の物を追加で注文した。




