1話
石段を登りきったむつは、はぁと息を吐いてマスクをずらした。あんなにゆっくり登ったのにも関わらず、少し息が切れている。それを見た西原は、驚いたような顔をしていた。
「お前…運動不足か?」
「かもしんない」
「まじか?」
「はぁ…運動しないとダメね」
息が整うとむつは、改めて辺りを見回した。枯れ葉が数枚残っている木と苔むした狛犬。拝殿の賽銭箱には、ひびがはいっており鈴を鳴らす為に吊り下げられている紐も、雨風にさらされて汚れている。
「神主居るの?」
「…祐斗君も同じ事言ってた。神主はお年を召した方が居る」
「あー社務所に引きこもってる感じね」
納得したむつは、手袋をはめて手で苔むした狛犬の足元を撫でた。目を閉じてふぅと息を吐きながら、ゆっくり目を開けたむつは険しいような冷たい目付きをしている。
「可哀想に…お仕えする方もなく、朽ちていくだけの場所でもお守りしてるのね」
さっきまでの、のほほんとした口調ではあるが、声は少し違う。優しげな声ではあったが、いつものきりっとした感じが戻ってきていた。その些細な変化に気付いた西原は、ほっとしたように息をついた。
「事件の事、お地蔵様の事、何か知ってる事があるなら、聞かせて欲しいけど…」
対になっている狛犬をむつは見た。どちらも石で出来ており、口を開いてるからといって言葉を話す事はない。それでもむつは、そっと足元を撫でていた。だが、諦めたのかぽんぽんっと軽く叩いた。