1話
境内に続く石段の前で再び立ち止まったむつは、ポケットから手を出して軽くお辞儀をした。そして、石段の1上を見上げた。
「この前も、神社に入る前に頭下げてたよな?」
「うん。神様が居る所だからね、入る前のご挨拶はしておいた方がいいでしょ?いらっしゃるか、微妙だけど」
成る程と納得した西原も、むつに習ってお辞儀をした。西原は白い手袋をはめて、キープアウトと書かれた黄色いテープを持ち上げて、むつから先にくぐらせた。そして2人は、ゆっくりと石段を登っていく。冬は太陽が出ている時間が短く、薄暗かった辺りはもう暗くなり始めている。
「ね、もう神社の物に触ったりしても大丈夫?」
「いや…どうだろ?触りたいんなら手袋。予備であるから、つけとけ」
「ありがと。準備がいいんだね」
ごそごそとズボンのポケットから出てきた白い手袋は、西原の体温でほんのりと暖かい。
「生ぬるい手袋か…」
ふっと笑ったむつは手袋をはめた。
「…仕事してるんだねぇ」
「当たり前だろ?むつだって仕事してるじゃんか」
「ん、うーん…どうかな?」
最近、事務所にこもりきりのむつは事務処理に終われていると祐斗から聞いていた西原だったが、むつの反応を見る限りでは、そうでもないような気がしていた。
「何なんだよ、今日。変だな」
「いつもの事よ」
よっこらせーと呟きながら、むつはゆっくりゆっくり石段を登っていく。いつもなら、かつかつとヒールを鳴らして颯爽と登るはずなのに、今のむつにはそんな様子はない。