1話
運転をしながら、西原はちらちらとむつの方を見ていた。むつは、ずっと外を眺めているだけで、一言も話そうとはしない。それに、少しだって西原を見ようとしない。
「怒ってるのか?」
赤信号で車を止めると、西原が聞いた。無言の時間が長すぎたのか、少し苛立ったような声だった。ゆっくりと振り向いたむつは、ひんやりとした表情をしている。怒っているとかではなく、どうでも良さそうな感じだった。
「悪かったって…祐斗君に膝枕なんかしてたから、ちょっと羨ましかったんだよ」
「………青だよ」
むつの笑いを堪えたような声を聞き、西原は信号を見た。信号は青に変わっていたが、幸いにも後続車はなく焦らずに済んだ。運転をしながら、ちらっとむつを見るといまだに、くすくすと笑っている。
「笑う事ないだろ」
「え、だぁって…」
「スカートで膝枕なんてさ、良いなぁって思うんだよ。俺も男だからな」
「居ないの?そういうのしてくれる人」
「…ないな」
「あ、ちょっと考えたって事は、居るのね」
「うーん…好意を持ってくれてる人は居る。けどな、その人さ…俺より強そうなんだって。この前の襲撃の時に抱き付かれたけど…女の子に変わりないけど、そんなに…うん、って感じで」
「あーまぁまぁ…」
「好きな子はなかなか振り向いてくれないし。まぁ俺も悩めるお年頃だよ」
「あ、好きな子居るんだ…」
へぇとむつは言った後で、30過ぎてお年頃ってと呟きながら、くすくす笑っている。
「ま、妥協も時には必要だって。好きって言ってくれる人が居るなら、その人でもいいんじゃない?」
「それは女の子の考え方だろ?俺は草食系じゃないから、追い掛けたいんだよ」
「そっか。じゃあ頑張れ」
西原は振り向いてくれないのはお前だよと言おうかと、ちらっと横を見るとむつはもう会話に興味がなくなったのか、また顔を背けて外を眺めていた。