1話
席に戻ったむつは、ひんやりと冷たいような顔で、かたかたとキーボードを叩いている。時折、ぱらっと紙をめくったりして数字を入力していく。机の上には分厚くなった紙が、積み上がっている。
「…戻ってきた」
足が聞こえてくると、むつは立ち上がりドアを開けた。廊下には驚いたような顔をした西原と、西原に支えられるようにして戻ってきた祐斗が居た。
「奥のソファーに。毛布も置いてあるから」
むつが言うと西原は中に入り、奥にあるソファーに祐斗を連れて行くと、横にさせて毛布をかけた。
「わざわざ、ありがと。祐斗、熱計ってみ」
体温計を渡し祐斗が熱を計り始めるとむつはキッチンに行き、コーヒーと粉タイプのスポーツ飲料を作って持ってきた。立ち尽くしている西原にコーヒーを渡し、祐斗のスポーツ飲料はテーブルに置いた。むつは心配してるのか、ソファーの前でしゃがみこんで祐斗を見ている。
「むつさん、あそこ…行ってください」
「あそこ?」
「地蔵が壊された所だ。祐斗君が、そこはむつに視て貰った方が良いって言ってたんだ」
祐斗が言うと、西原が補足説明を加えた。むつは、少し困ったような顔をしただけで、何も答えなかった。普段のむつならこだわりもなく、分かったと言うはずなのにそれがなく、西原はむつの隣にしゃがみこんでその顔をじっと見た。
「…見んな」
すぐ近くの西原の顔を押しやり、ぴぴっと鳴った祐斗の体温計を見た。
「7度?微熱だね…の、わりに顔色悪いね」
「えー?俺が触った時はもっとありそうな感じがしたんだけどな…」
「手が冷たかったんじゃない?」
「お前と一緒にすんな」
西原が体温計をむつの手から取り、ケースにしまうと、ほらと手を握った。暖かい西原の手は、すっぽりとむつの手を包み込んだ。
「あれ、お前手暖かいな」
「部屋に居たもん」