1話
むつは受話器を肩に押し付けるようにして、最初に電話に出た男、社長こと山上聖にどうしようかたずねた。何なら、電話代わらずに自分が聞いていれば、こんな面倒くさいやり取り必要なかったのにと、むつの目が物語っている。
「祐斗は何て言ってる?祐斗に決めさせろ」
「…だって、聞こえた?」
『聞こえた。祐斗君、病院どうする?藤原さん所なら連れてってあげられるぞ…嫌がってるから、そっちに連れてく』
「分かった。お願いします…運転気を付けてね」
電話越しの西原が、えっと驚いたような声をあげたが、むつは気にせずにさっさと電話を切った。
「祐斗、帰ってくるって。薬あったっけ?」
受話器を置いたむつは山上に聞いたわけでもないのか、1人で首を傾げながらまたキッチンの方に向かっていった。どこか、ふわっふわしているむつを山上は、心配そうに目を細めて見ていた。そんな山上の視線に気付かないむつはキッチンにある救急箱を見たり、冷蔵庫をのぞいたりしている。
風邪薬と痛み止、粉タイプのスポーツ飲料がある事を確認すると、マグカップにインスタントのコーヒーをいれた。そして、それを飲みながらタバコをまた吸い始めた。
山上から見えなくなったむつは、また不機嫌そうな顔になり、煙を吐き出してはコーヒーをすすっていた。