1話
祐斗からの今から戻りますとメールで確認した女は、かたかたとキーボードを叩いて簡潔な返事を返した。送信を押すと、手紙の絵が飛んでいく映像が画面の中で動いている。
「祐斗、今から戻るって」
「ん、意外と早いな」
女はマグカップを持って立ち上がると、奥の隙間のような所に入っていった。細長い蛍光灯のすみにある紐を引っ張り、かちっと電気をつけるとそこは簡易キッチンだった。電気ポットに水を足し、湯が沸くまでの間にセーターのポケットに入れてあったタバコを取り出して吸い始めた。換気扇を回して、室内に煙が流れないようにしている。
シンクに寄り掛かった女は、長い黒髪を三つ編みにして毛先を赤いリボンで結んでいる。眼鏡の奥の目は大きく、ぱっちりとしているが、どこか不機嫌そうだった。
女が座っていた方から電話が鳴っている。一緒に居た男が出たが、話声からして知り合いのようだった。
「むつ、電話」
むつと呼ばれた女、玉奥むつは指にタバコを挟んだまま顔を覗かせた。眉間には少しシワがよっていて、その目は誰から?と聞いている。
「西原だ」
声には出さなかったが、うわっと呟いたのはありありと分かる。だが、アルバイトの祐斗が西原と共に居た事を知っているだけに、無視するわけにもいかない。ひらっとキッチンに戻ると、蛇口をひねって少し出した水で火を消すと、灰皿に置いて、かつかつと足音を鳴らしてやってくると電話を取った。
「はい、お電話代わりました玉奥です」
『…ちょービジネスライクだな。今、祐斗君送ってる途中なんだけどな、体調悪いみたいでな。今、おでこ触ってみたら熱があるっぽい』
「祐斗が?朝あんなにぴんぴんしてたのに…インフルエンザかしら?」
『いや、分からない。本当、急だったんだよ。車に乗ったら、だったからな』
「急に?意識は?」
『意識はある、けど…ぐったりしてる』
「…待って。社長、祐斗が発熱、ぐったりしてるって、意識はあるって」