ベビードラゴンのステーキ
肉といえば、やはり牛、豚、鳥の3つが挙げられますね。私は、あまり食べることのできないお肉、兎、蛇とか食べてみたいです。
魔王城というのは多くの魔物が住んでいる。
それこそ多種多様な種族。食文化から生活様式、習慣も違う。同じエルフでも魔術に秀でた種族と肉弾戦に秀でた種族では似ているように見えて全く別のものだったりする。それでもどの種族でも好きなのは肉だ。植物種や昆虫種といったものは、基本的に肉を食べる文化が存在している。なかでも食人種は顕著にその傾向がみられることが多い。というよりも肉ばっかり食べている。
かという私も肉は好きだ。牛、豚、鳥、鹿、イノシシ、ウサギ、トラ、ヘビ、ヒツジ、ドラゴン・・・
とにかく肉の種類はとても多い。選りすぐりの食材から美味いものを選出する。贅沢というのはこういうことを指すのだろう。
「魔王様。ぜひ宴の音頭をお願いします」
「うむ。では諸君。此度の収穫祭。実にご苦労であった。いまこの瞬間は種族間の関係を取り払い魔物や人間、そして天使。三界の発展と友好の継続を願い細やかながらの食事を用意させてもらった。今宵は食べて飲んで大騒ぎしてほしい。それでは、乾杯!!」
眼下に広がる人魔入り交じる人波は一斉に杯を掲げ果物酒を飲み干す。踊り子のパフォーマンスが始まると男達は種族を問わず興奮しだす。かという私もチラチラ見てたりする。周りに女性を侍らせているが仕方ないね。
「どお?魔王ちゃん飲んでるぅ~?」
足をふらつかせて階段を登ってくるのは、天界の重鎮の1人。現在の「ミカエル」
かなり世俗に富んでおり、無断で抜け出しては地上に降り立ち遊んで帰る生活を繰り返す我が儘な大天使。酒さえ飲まなければ100人中100人が振り返るほどの超絶美人なのだが、この酒癖の悪さが足を引っ張っているせいで男性との交際経験はゼロ。本来なら堕天させられてもおかしくはないのだが、天界の男性の士気に関わるので対処できない。と、愚痴を聞かさせたのを覚えている。
「ミカエル。大天使の貴様が何故魔界に来ている。大天使以上のランクになると魔界には入れないはずなのだが……」
「もう。そんな堅苦しい挨拶は止めて、みーちゃんって呼んで欲しいな」
「いまの我は魔王だ。宴の席であろうとハメを外すわけにはいかぬ」
「ぶーぶー」
「今さら貴様がどうやって魔界に入ってこれたのかは気にしない。せめて問題は起こさないでくれ」
「信用ないなー」
「だが、折角来ていただいた客人を無下に扱うのも魔王の名折れ。少し早いがメインイベントを始めよう」
パンパン
「料理長、準備を」
彼が手を2回叩くと照明が一斉に消え、火吹きトカゲが松明に燃やす。会場を包み込むセイレーンの弾くピアノの心地よい旋律は、ゴブリンの野性的な鼓舞とミノタウロスの吹く低音の笛に置き換わり場を支配する。
生き物の本能を刺激され大いに騒ぐ人波を掻き分けながら、ゴーレムの集団が巨大な肉を乗せた台車を牽きながら登場する。
「おお!!魔王!あればまかさ……ゴクリ」
ミカエルは生唾を飲むが、ヨダレが滝のように流れている。無理もない。運ばれて来たのは鱗一枚でさえ100の兵士が犠牲になるという、人間界では最大級の生き物の肉なのだ。
「そうだ。あれは貴様の住む天界でさえ、滅多に手に入ることのないドラゴンの肉。その中でも最も入手が困難と言われているベビードラゴンの肉だ」
ドラゴン
鋭い牙と巨大な爪、大空を飛び回る翼を持ち。見るものを震え上がらせる瞳に全てを焼き尽くす炎を吐く魔物である。卵生であり、殻自体にも高い耐火性と耐久力と衝撃吸収力が備わっている。故に人間界では国王直属のエリート部隊が着ている鎧の素材となっている場合が多い。加工には特殊な技術が必要なのたが、ここでの解説はいらないだろう。
では何故、入手が困難と言われているのか
それはドラゴンの子育てに関係している。ドラゴンは卵生であるため卵から離れることはない。産み落とす瞬間と卵から孵る瞬間の2回しか近付くチャンスはなく、卵から孵った後も子供から離れることは基本的にない。孵ってから1週間で狩りのできる程度に成長し、同時にドラゴン特有の鱗が全身を包み込む。3ヶ月も経てば一人前となり巣立っていく。
つまりベビードラゴンとはそうなる前のドラゴンの肉である。親と子供を引き離して殺すというのは人道的にはダメかも知れないが、魔界や人間界を問わずに被害が出るのは避けなくてはならない。魔物というのは、時として非情にならなくてはいけない、そう思うと先代の苦労も理解できる。
「そこにあるのは、我が軍の精鋭により見事狩猟に成功したドラゴンベビーである。だが、忘れないで欲しい。この功績には、多くの人間たちの犠牲の上に成り立っていることを!多くの血が流れたことを!まずはその者たちの魂に感謝と安らかな眠りの念を捧げようと思う。では……黙祷!!」
パチパチと燃える松明の音が静寂に包まれた会場に響く。
流れた血や散っていった魂には種族なんて関係ない。死者に対する気持ちが必要なのだ。
「皆のもの感謝する。ありがとう。顔を上げてくれ。折角の宴の舞台だ。湿っぽいのはここまでにして盛り上がろうではないか!」
火吹きトカゲが一斉に肉を焼き始めた。パチパチと音を立てて弾ける脂。生き物の本能を覚醒させるような肉の匂い。肉を主食とする種は香ばしく焼ける匂いに高々と雄たけびを上げる。既によだれで川ができるのではないかと思うくらいに口の中を潤す。
焼けた肉を切ってみれば、肉汁のあふれ出すピンクの色。中まで火が通ておりながら半生の状態で食す。人間の世界ではレアというらしい。元から炎に耐性のあるドラゴンの肉を焼くとなると、王宮御用達のお抱えシェフのレベルではないといけない。炎加減と焼き時間は個体によって違いが生じるため感覚による調理になってしまうのだ。
まずはシンプルにそのまま一口・・・
はむっ
(・・・・・・う、うまい。なんだこの美味さは!口に入れたとたんに広がる肉の香り。舌の上で蕩けるうま味。噛めば噛むほどあふれ出る肉汁。)
あまりの美味さに泣き出すもの。声の出ないもの。その場で崩れ落ちるもの。
魔物も人間も美味いものを食った時の反応は同じ。種族など関係ない。
(肉文化の新時代を切り開いてしまった・・・こんな凄いものを食べてしまったら、しばらくはほかの肉が食べられない。恐ろしいのは何も付けずにこれだけの幸福を運ぶことだ。塩と胡椒をちょっとだけ振りかけて・・・)
はむっ
(・・・・・夢心地とはまさにこのことなのだろう。脳がパンクしてしまいそうだ。脳が絶頂を迎えるとはこういうことを言うのだろう。全身を幸福が駆け巡り、全ての感覚が味覚だけに収縮され、ただこの時に身を任せてしまっていい・・・そういうことなのだろう)
理解など遠く及ばない感覚の世界で、会場にいる者たちは幸福に包まれた
たかが肉一枚、されど肉一枚
人生を変えるのに必要なのは、こういう一枚の肉なのかも知れない。食べた人の運命すら変えるというのに相応しい一品
そうしている内にドラゴンの肉はあっという間に無くなり、収穫祭は夜明け近くまで大いに盛り上がったのである。
次回の魔王飯はスナック感覚で食べられるものでいこうかな?
王様だってハンバーガーが食べたい
お食事のオーダーは承っております