その7
13 混沌の世界
――ワンダーランド、涙、別れ――
私は珍しく昼前ではなく、午前十時に目を覚ました。
夜は寝付きが悪かったし、起きたきっかけも、夢を見ていて急に飛び起きたというのだからいい睡眠とは言えない。
夢の内容も、風に飛ばされる砂のようにすぐさま記憶から消えていったので、スッキリしない一日の始まりとなった。
今日は、高校生になって初めて迎える日曜日だ。とは言うものの、私が生きているこの世界では何の変哲もないただの日曜日に過ぎない。先週の日曜日と来週の日曜日と同じ価値しかもっていない普通で平和な日曜日だ。
一人の高校生の余命が一日減っただけである。
残り十二日――死ぬ時間が正確にわからないから確定はできないが、残り三百時間くらいだろう。中学生の時分にやった怪物を狩るゲームを思い出す。あれの総プレイ時間が、大体そのくらいだった。しかし、それは正確な感覚とは言えない。日常生活での三百時間の内、およそ七~八十時間は睡眠で消費している。起きてばかりではないので、実質あっという間に三百時間なんて過ぎてしまうのだ。
「京極聖夜の人生は、あまりにも呆気ない幕切れで終わる」
自分の言葉がここまで空虚に感じたことはない。
自分が死ぬという現実は受け入れられないものだ。だって、私はまだ十五歳の高校一年だぞ? 人生の五分の一か六分の一くらいしか生きていないのだ。まだ生きたい。生きていれば何でもできる。私にはやり残したことの方が圧倒的に多い。
高校を卒業したいし、その間に高校生活で青春を謳歌したい。今井網とは何だかんだで仲良くなれそうだから、あの屋上の部屋で学術的な身になる話を交わすのもいい。アテナとはまだ一緒にやっていないゲームがたくさんあるから、放課後や休みの日にでも好きなだけやりたいな。
そして、紫條院清華。
私はもっと彼女と時間を共有したかった。一緒に勉強――彼女は断りそうだけど――をしたり、軍人将棋もいいけど、普通の将棋やチェスなど様々なゲームをしたり、とにかく彼女と勝負事をしたい。
何より、清華の美しい姿をずっと見ていたいのだ。
腰まで伸びていて、その一本一本が意思を持っているかのように揺れ動く鴉の濡れ羽色の髪。つり上がって強い意志を宿した目や高い鼻梁や薄い桃色の唇――それらが黄金比率に基づいて配置されたような顔立ち。スカートから覗く、魅惑的な艶のある黒いパンティストッキングに包まれた脚。とにかく全てを見ていたかった。
それに、私は清華と仲を深めて、放課後や休日にデートをしたい。高校卒業までには、彼女とセックスもしたい。結局行き着くところはそこなのだ。
私は死を目前にして心がオープンになってきた気がする。ありとあらゆる欲望が前面に出てきて、だんだん生への渇望が生まれてきた。
私はとりあえず一階に下り、洗面所で冷水を顔に浴びせる。次に台所にある冷蔵庫からお茶を取り出し、コップに注いで飲んだ。外と内から冷やされた気分になり、私は少しだけ落ち着きを取り戻す。
家には誰もいない。母親が買い物に出かけていていないことはわかる。父親と兄が家にいないということは、バイクでツーリングでもしているのだろう。
静寂が嫌だったので「ああ~~っ」と声を出すが、残響すら返ってこない。ただ無意味に発声練習をしただけだ。
私は二階の自室に戻る。ベッドに座ってスマートフォンを見、この時間帯なら大丈夫だろうと思い、今井網に電話をかけることにした。昨日電話で話した後に思い出したことを報告するためだ。早速コールする。昨日と違って三回目のコールで出た。
『どうしたの?』
「ああ……実はあれからわかったことがあるんだ」
私は昨日思い出したことを話す。自分がちっぽけな存在で、世界は大き過ぎてあまりにもつまらないということ。この世界に失望して『混沌の世界』を書き始めたことを。網は時折相槌を打つだけで、基本静かに話を聞いている。
『ふーん。これで大体の情報はそろったわね』
全てを話し終えると、網はまとめるように言った。
「何かわかったのか?」
『あたしにはわからないわ。でも、これだけ情報があれば、おじいちゃんにならわかるはずよ』
「そうか。じゃあこのことを話して脳見さんに色々訊いてきてくれ」
『わかったわ。また昼過ぎにこっちから連絡する』
網からの通話が切れる。私は机の上にスマートフォンを置き、それからベッドに寝転んだ。まだ十一時前で、昼食にはまだ早い。作り手である母親すら買い物から帰ってきていないのだ。
二度寝するのも気が進まなかったので、私は現在の状況を整理することにした。いくら網から天才と称されるほどの頭だとしても、今回のことは完全に私の処理能力を凌駕している。
私は椅子に座って机に向かい、ルーズリーフを一枚出して、そこに現状を書き綴った。頭で同時にいくつもの物事を処理するのにも限度がある。だから、少しでも負担を減らすために記録するのだ。
中学から遡って変わった出来事や事件、思い出などを書いていく。他に、網が行った実験の結果と『混沌の世界』の共通点を、昨日の記憶と照合しながら書き記す。更に、脳見や網の言葉を思い出せるだけ書く。
「…………はああっ」
私は書いているだけで気が重くなる。長い溜息をついてペンを置く。書いた内容を確かめるように見ていき、何かわからないものかと思索する。
しかし、正確な解答を得られることはできなかった。脳見が言うような、世界を拒絶するほど失望はしていないし、自分で自分に暗示をかけた覚えもない。
「聖夜、ご飯よ」
母親の声で、いつの間にか昼時になっていたことに気付く。私は思考を中断し、脳に栄養を与えて働きを活発にするべく、昼食を摂りに一階へと下りる。居間のテーブルに並べられていたのは、大盛りのハヤシライスだった。
デザートのリンゴを食べてお茶で喉を潤し、昼のニュースが終わってクッキング番組に変わるまで一服する。それから私は自分の食器を台所まで持っていき、その足で二階の自室に行く。
椅子に腰かけ、今井網からの連絡を待つ。昼過ぎと言った。昼過ぎの定義について考える必要がある。何時から何時までを昼過ぎと呼ぶのだろう。正午から先がそうなのだろうが、現時刻の午後一時を回っても網から連絡は来なかった。それでも、夕方と呼べなくもない午後四時までには来るはずだ。
あまり考える必要もないと感じ、私は『世界の設計図』を読んで待つ。びっしりと中二病的な設定などが所狭しと書かれていて、ノートは数ページが空白のまま残っていた。
ぱらぱらとページを流していると、最後のページ、最後の行に何か書いてある。訝しむように私はその言葉に目を通した。
『つまらない世界でつまらなく死ぬより、ワンダーランドで永遠に生きたい』
私の心臓が一際大きく音を立てる。全身が粟立ち、自分が書いた言葉に思わずぞっとした。これか? これなのか? 私は、自ら望んでいた?
自分の字で書かれた信じがたい事実に、私は呆然とその言葉を見続ける。
その時――けたたましい着信音が鳴り、その音で我に返った。ディスプレイに表示されている名前は『今井網』だ。私は急いで電話に出る。
「何かわかったか?」
私は動揺を悟られないように努めて冷静に言う。
『ええ。おじいちゃんから答えが出たわ。確実とは言えないけど』
「構わない。聞かせてくれ」
『あんたは中学二年の時、世界を嫌いになった。そして「混沌の世界」を書き始めた。その時に、あんたは無意識下でそれを脳内のどこかに植え付けた。「混沌の世界」は当時の心情をそのままにして独立、現実世界から逃避をして自分の世界に閉じこもりたい思いから、あんたの脳に侵食している』
それは、私がノートの最後に書かれた言葉を解釈した内容とほぼ同じだった。中学二年のある時は、本当にそう思っていたのだ。現実世界から逃げたくて、自分が作った世界でずっと過ごしたい、と。
「だけど……二年越しにそんなことを実現されても、こっちとしては迷惑だ」
『あたしに言わないでよ。あんたが自分で蒔いた種なんだから』
「全くその通り過ぎて返す言葉もないよ」
『自業自得とも言う』
「いくら俺でも脳内に独立世界を作ることなんて考えてねえよ。中二病の時にふと思ったことだぜ? 堪ったものじゃない」
『あたしには関係のないことだわ』
「それはそうだけどよ……脳見さんはこれをどうにかする方法を言ってなかったか?」
『訊いてみたけど、答えはノーよ』
「やれやれ」
私は落胆した。情報は出そろったというのに、唯一の希望である脳見宗三郎が『ノー』と言ったのだ。それは全世界の人間から『ノー』と言われたのに等しい。
「じゃあ俺は何をすればいいんだ? 就活するずっと前に終活をしろってか?」
『まだ死ぬと決まったわけじゃない。あんたが負の気持ちになれば余計に「混沌の世界」の侵食が進むかもしれないわよ。少しは希望を持ちなさい』
「冗談だよ。俺の脳のことだ、絶対にどうにかしてやる」
『新しく何かわかったらまた連絡して。あたしも色々と調べてみる』
「すまない、世話をかける」
『何言っているのよ。元はと言えばあたしの実験から始まったんだから、きちんと結論を出して終わらせるわ。じっちゃんの名にか――』
私は途中で通話を切った。向こうの事情なんて知ったことではない。
「くそっ……てめえの頭の中がわからないなんてな。俺の意識が『混沌の世界』へ入れたらどれだけ楽か」
そう言ってみるものの、現実は厳しい。夢でハーレーを走らせている場面を見たことがないし、見る幻覚も一瞬で一過性のものだ。こちらからコンタクトが取れないというのが何とも理不尽である。
私は電話帳に登録されている名前の数々を見た。家族以外では、紫條院清華とアテナと今井網の三人だけだ。その名前をただボーっと眺める。
「あいつらに何て言えばいいんだ? いや……言ってもいいのか?」
できれば今すぐ会って自分の現状を話したい。助けて欲しいと頼むかもしれない。だけど、それは自分勝手だ。知り合って一週間も経っていないクラスメイトや後輩が、ゴールデンウィークを迎える前に死んでしまう。そんなことを言われても戸惑うだけだ。ましてや問題は世界の脳見宗三郎すら解明できないもの――二人にできることなんて私を励ますことくらいだろう。
私の脳のことは清華とアテナには言わない、私はそう決心した。
腹をくくったところで、私は残りの時間を有意義に使おうとその二人にメールを送る。思い出作りのために遊びに誘ったのだ。
数分後に二人から返信が来た。清華は、習い事のスイミングがあるから無理だという。アテナは、他の友達と予定が入っているから無理だという。
確かに清華は望み薄だと思っていた。だから仕方ない。しかし、アテナは意外だった。どうせ暇だろうと高をくくっていたが、以外にも他に友達がいたとは。まあ、二年生なんだから友達の一人くらいはいて当然か。
私は納得して、そして途方に暮れた。どうやら今日は誰とも遊べずただ無意味に一人の時間を過ごすことになりそうだ。
結局私は、ひたすら村上春樹の本を読んで一日を終えた。
「京極君はゴールデンウィークを迎える前にこの世からいなくなるわ」
いつもと変わらない日常を送ろうと心掛けた翌日の月曜日。朝は同じルーティンで準備をして家を出る。新幹線の高架下を抜けた辺りの道路で清華を乗せた車が通り、そこであいさつを済ませた。駐輪場でアテナと会い、下駄箱まで話をする。
その間、親にも清華にもアテナにも私のことは話さなかった。先週の京極聖夜と同じように振る舞っていたのだ。
しかし――昼休みの時に今井網が放った一言で、全てが崩壊した。
屋上にあるプレハブ小屋の中、弁当を食べ終えて落ち着いたところだ。その時に、網は私と清華とアテナがいる前で言ったのだ。何の前置きもなく、何の前触れもなく、突然。私にとって青天の霹靂である。
「何を言ってるんだ! 今井網!」
私は今まで事実を隠してきた努力を踏むにじられたような気がして、ついカッとなって怒鳴った。そして、すぐにそれが過ちであったと気付く。
「ほ、本当なんですの? どういうことなのか説明してくださいませ」
「どうやら……嘘というわけでもなさそうだけど」
清華とアテナは、半信半疑といった様子で私と網を見ている。
まずった。私が平然としていればただ網が言った冗談として取れただろう。しかし、私が激昂したことで一概にそうと言えなくなってしまった。私がしたのは、網の言葉が事実であった時のリアクションそのものなのだから。
恐らく、二人ともそれが本当のことだと確信している。
「何だ、まだ言ってなかったの? 呆れた。もしかしてずっと黙って隠し通したまま普通に過ごそうとか思ってた? 何の意味もないわよ」
網は私の顔を見て、言葉通り呆れたように肩を竦めて言った。
「本当だとしたら何ですぐに言わなかったんですの?」
「そうよ。それはちょっと寂しいわ、聖夜君」
清華とアテナは説明するように訴えかける眼差しを私に向けている。
私は無下に断ることもできず、今までのことを洗いざらい話した。重要性の有無を判別できないので、私と網は仔細漏らさず二人に伝える。かなり長い話になり、昼休みの時間で収まらなかった。それでも二人は授業をサボることを厭わず、話を続けるよう促した。清華とアテナは真剣な表情で聞いている。
授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったところで、話は終わった。私は次の授業に出るよう言ったが、今度は訊きたいことがあると言って二人は拒否する。私は、初めて午後の授業全てをサボることになった。
「本当に深刻ですわね。まるで末期のがん患者と言ったところかしら」
「そんなことないわよ。聖夜君はそこまで絶望的じゃない」
お手上げと言った感じで清華は言う。それに対して、アテナは私を励ますような言葉をかけた。そしてどちらも私を傷付ける。清華の例えは的を射たものであり、アテナの励ましは清華の言葉を私の奥に叩き込む金槌のようなものだった。
「もういいよ。大体生きるか死ぬかはその日になってみないとわからないし、俺が死ぬ話なんて重いだろう? 忘れてくれとは言わないが、俺に構わなくたっていい」
私は諦観したような気持ちで言う。しかし、それを聞いた二人の反応は意外だった。不機嫌そうな、もっと言えば怒りを湛えた表情で私を睨んでいる。
「何でそんなことを言うのかしら? 聖夜、心外ですわ」
「そうだね。薄情と言ってもいい、聖夜君らしくない失言よ」
「えっ?」
私はどうして二人がそんな表情でそんな風に言うのかがわからなかった。
「あなた、もしかして私達がこの話を聞いて迷惑しているとか思っていますの?」
清華は厳しい口調で問い詰める。
「いや、だってそうだろう。俺はただ勉強ができるだけの中二病患者だ。お前達からしてみれば、知り合って一週間も経っていないクラスメイトや後輩に過ぎない」
言った瞬間――清華は立ち上がり、テーブルを挟んで正面にいる私を見下ろすと、斜めから振り下ろすように強烈なビンタを私の左頬に打ち込んだ。
言葉にならない痛さと勢いで、私はソファから転げ落ちそうになるが、横に座っていたアテナが私の制服の襟を引っ張って元に戻す。と思ったら、制服が破れんばかりの強さで彼の顔の近くまで引き寄せられた。
「ふざけるんじゃないわよ! 友情に過ごした時間なんて関係ないでしょ!」
アテナは怒鳴る。私は彼が真剣に怒る姿を初めて見たかもしれない。知り合って一週間も経っていないから当たり前だと思うが。それでも、私は彼の言葉に心を打たれた。
「そうね。それとも、あなたは他に友達がいないくせに、私達を友達と看做していないのかしら?」
「い、いや、違う。違うんだ。ただ……」
どうしたのだろう。言葉が出てこない。何か言わなければいけないのに、胸の奥が燃えるように熱くて、他のものが溢れてくる。それは、清華と初めて会った時のこと。リムジンで語り合ったこと。アテナと出会い、放課後に大型スーパーで遊んだ日のこと。屋上に今いるこの部屋ができて、ここで過ごした時間。最初は清華と一緒に弁当を食べていた。色々と話をしたし、軍人将棋もした。後からアテナや今井網が加わって賑やかになった。一週間に満たないのに、何て充実しているんだろう。
「お、俺は……嬉しいんだ。ただ、嬉しくて……な、何て言えば、うう、ああ」
私の視界は歪み、ぼやけて、止めどもなく涙が出た。みんなに顔を見せたくなくて俯かせる。涙は抑えようもなく、直接制服の膝の部分へ落ちたり、頬を流れて顎から落ちたりした。
「俺、生きたいよ。まだ、死にたくない。み、みんなと……」
続きは嗚咽になって言えなかった。他の三人も何一つ言葉を発しない。この状況を私が作っているとわかっていても、涙が止まらないのだ。今まで抑制してきた感情が、まるでダムを決壊させたかのように溢れ出ている。全てが濁流のようにない交ぜになって、私が何で泣いているのかも曖昧になっていた。
だけど、一つだけ確かな気持ちがある――それは嬉しさだ。
清華とアテナの時間を超越した友情に、計り知れない温情。
それらは今まで向けられたことのないもの。故に、私は人生で一番嬉しく思っているのだ。恥も外聞もなく、自分の全てを曝け出して泣けるほどに。
しばらくして、私は肩を叩かれる。アテナからの無言の励ましは、今度は嬉しかった。私は腫れぼったくなった両目を擦り、完全に涙を拭う。
「ちょっといいかな」
沈黙を破ったのは、意外にも説明後はあまり口を開かなかった今井網だった。私と清華とアテナの視線が網に向く。
「いっそのこと、何も気にせずに楽しく日々を送ってみたらどうかな?」
一瞬、静寂が訪れる。
「どういうことですの?」清華が訝しむように訊く。
私もそう思った。網の言葉はあまりにも場違いで、諦めろと言われているようで無神経だ。網らしくない言い方に憤慨よりも疑問が先立ってしまう。
「別に、適当なことを言ってるわけじゃないわ。例えば、がん患者が余命を宣告されるんだ。でもその後に、趣味の山登りとかして自由気ままに過ごしていると、余命よりも長く生きたっていう話があるの。だから、あんたも時間なんて気にせずに今を楽しんでみたらどうなの?」
「今を、楽しく……」
それは逆転の発想だった。残り少ない時間に絶望するよりも、残り少ない時間でいかに悔いなく楽しむか。私は考えてもみなかった。
「他に何も対策がないのなら、やってみる価値はあるわ」
アテナは沈みかけた気持ちを鼓舞させるように明るく言った。
「そうですわね。何もしないより何かした方が聖夜にとってもいいと思いますわ」
清華も続けて言う。表情は暗闇に光を差すようにまぶしく微笑んでいた。
「それに、楽しい思い出を積み重ねていけば、『混沌の世界』に変化が起こるかもしれない。希望的観測だけど、侵食の速度を抑える可能性もあるわ」
網の言葉は憶測ばかりで確実なことは言っていないが、とても勇気付けられる言葉だ。真っ暗な道を照らしてもらえたような気がする。
「……そうだな。わかった。どれだけ時間が残っているかわからねえけど、俺は悔いなく生きる。明日死んでも構わないと思えるくらい楽しく毎日を謳歌するぜ!」
私は拳を握り締めながら力強く言う。清華とアテナと網は、一様に笑みを浮かべながら頷いた。
この三人と共に過ごす時間なら、たとえ二週間足らずでも一生分の価値はある。
私は死と抗うことを決意した。
生活のリズムを崩さない、予定を変更してまで私の相手をしなくてもいい。これが私の定めたルールだ。当初、清華は学校を休んで世界一周旅行をしようなんて言い出したから大変だった。私はそんなことをしてまで人生の最後を無理に楽しもうなんて思っていない――日常の生活を送るだけで十分なのだ。
暇な時に暇なやつらだけで、屋上のプレハブ小屋に集まってゲームをしたり、大型スーパーで遊んだりした。清華は習い事を休んでまで私達に付き合ってくれる。私はそれに反対したが、清華は「自分が決めたこと」の一点張りで拒否し続けたのだ。でも、私は内心とても嬉しく思い、彼女が毎回言う「あなたのためではありませんわよ」を聞く度、私は涙が出そうになった。
二週間に満たない日々ではあったが、決して短かったとは思えない。まるで大量の豆を使って淹れたコーヒーのように濃密で濃厚な時間だ。味わい深くて、コクがあり、苦さも適度にある、そんな最上の時間だった。
現在、期限のゴールデンウィーク前の金曜日。放課後、私は清華とアテナと網の三人と屋上のプレハブ小屋にいる。しかし、いつものように二つのソファに四人が座るという構図ではない。私が一つのソファを寝そべって独占しているからだ。
「……いよいよ、だな」
その理由は、私の意識が、雲がかかったかのようにはっきりしなくなったからである。緩やかにではあるが『混沌の世界』へと引きずり込まれていて、永遠の眠りが近付いている証拠だ。よく放課後まで持ったと思う。
私が寝ているソファのテーブルを挟んで反対側にあるソファには、アテナと網が座っている。悲しそうな表情を必死に耐えているのだが、それが却って悲壮な顔になっていた。清華はというと、私が寝ているソファの前で床に膝をついて、私の手を祈るように両手で握っている。何度か清華とは手を繋いだが、今ほど力強く握ってくれたことはない。それに、確かな温かさがあった。
「聖夜、安心して眠ってくださいませ。あなたの肉体は紫條院家が管理・保存をしますわ……いつ戻ってきても、今以上に清潔な体ですわよ」
清華は笑みを見せて気丈に振る舞う。
「そっか。そいつは安心だ。何から何まで世話をかける」
首を振って清華は応えた。
笑っているのだが、瞳は潤んでいて、いつ零れるのか心配になる。
「こんな湿っぽくやるのは嫌だったんだけどな、まあ、無理もないか」
私は笑うのだが、うまく声が出せず、かすれた笑い声になった。徐々に全身の機能が私から無くなっていくのがわかる。嫌なものだ。
「俺は楽しかったぜ。この部屋で色々遊んだな。普通の将棋や軍人将棋もやって、チェスにも興じてさ。四人でやった麻雀なんて、時間も忘れて最終下校時刻まで打ち合ったからな、あれは面白かった。あそこの大型スーパーにも行ったな。学校帰りに飲む『グリーンティー+ソフト』の味は格別だった。休日には世界一のボウリング場で七、八ゲームくらいやったよな……結構疲れて筋肉痛が半端じゃなかったけど」
私は二週間足らずの楽しかった記憶を辿りながら語った。目を閉じれば、昨日のことのように思い出せれる。冥土の土産には高価過ぎる思い出の数々だ。
「でもよ……楽しければ楽しいほど、悔いが残るよ。だけど、悔いなく人生を終われる人間なんてごく稀だ。俺はそのごく稀な人間に入れなかっただけの、普通の人間として終わりを迎える。さあ、お別れだ」
別れのあいさつの段取りが決まっているのか、始めに網が言う。
「治療できなくてごめんなさい。でも、いつか必ず目覚めさせるから」
「お前はよくやってくれたよ。おじいさんみたいな立派な学者になれ」
網は頷いて、ぎこちなくではあるが、私に初めて笑顔を見せてくれた。
彼女は本当に私のために尽力してくれたと思う。祖父の脳見宗三郎と連絡を取り合い、私の脳について色々調べてくれた。結果として、治療法などは見つからなかったが、私が『混沌の世界』へ行く正確な時刻を彼女は特定できたのだ。そのおかげで、今日速やかに別れの会を開けている。暗に活躍してくれた功労者だ。
次はアテナの番だ。
「アーノルド。向こうの世界でも元気でね」
「俺は長居する気はねえよ。あっちの世界をぶっ壊してでもこっちの世界に戻る」
「ご武運を、戦友よ」
「ああ、行ってくる」
アテナは敬礼をする。私もそうしようとしたが、手が思うように動かず、震えながら頭の上に乗せるので精一杯だった。情けない。
彼は本当に良き戦友である。ほぼ毎日のように私と遊んだ。彼と二人の時は軍人将棋を教えて何度か対戦した。以前話した『COD』もやった。滅茶苦茶強かったが、何度かやっている内に彼の戦術パターンを覚えて、最後の方は互角にやり合ったな。
彼がいたから今日まで精神が崩壊せずに来れたと言える。
最後に清華の番が回ってきた。
「あなたはこんなところで眠りに就く存在ではありませんわ」
「そう言ってもらえると勇気が出るぜ。運命にだって負けない気がする」
「当たり前ですわ。あなたが負けていいのはこの紫條院清華ただ一人ですもの」
「やれやれ、お前以外にはジャンケンでも負けるなってか。無茶言うぜ」
清華は私の心の支えだ。彼女がいたからこそ、私は今まで絶望を胸に仕舞って、希望を持つことができた。彼女と共に過ごしたいという願いが原動力であり、暗い道を照らす道しるべとなったのだ。
清華は私が定めたルールを破り、習い事を休んでまで私と過ごした。この部屋で彼女と色々と話をした――よく海外に行く彼女は、その国々の名所や風景を事細かに説明してくれる。私の知らない世界ばかりで、どれも魅力的だ。できれば彼女と二人きりでそういった場所に行きたいと思った。
結局、私は清華との距離を縮められなかった気がする。この二週間足らずの間に、私は彼女に告白することができなかったし、だから当然キスをすることもできなかった。清々しいほどのヘタレである。
少しの沈黙の後、私の手を握っていた清華の両手に力が込められた。
「無茶も言いますわよ。聖夜がいなければ、そんな無茶も、言えなくなるんですから」
とうとう堪え切れなくなったのか、清華の目から一筋の涙が零れる。それでも、必死に笑みを作ろうとしていた。
「必ず、必ず帰ってくると約束してくださいませ」
「ああ、約束する」
そう言ったところで私の意識が朦朧としてきた――もう限界に近いことがわかる。
私のわずかな視界に、清華の今までに見たことのない最高の笑顔が映った。
もうこの機会しかないと思い、私は最後に言う。
「――清華、俺はお前のことが好きだ」
この言葉に彼女がどんな反応をしたのか、私にはわからない。
私は今いる世界にふたをするように目を閉じる。
やがて、夕日が沈んでいくようにゆっくりと意識が暗転していった。
14 厨二病ワンダーランド
――選択――
道路上に佇む少女は、ランランでもエリでもない全くの別人だった。
腰まである長い髪は、艶やかな鴉の濡れ羽色だ。つり上がった意志の強そうな目、高い鼻梁、薄い桃色の唇は微笑むように曲線を描いている。凛としていて、息を呑むほどの美少女だ。ブレザーに黒色のプリーツスカート、濃い黒色のパンティストッキングという服装をまとっている。
「私は驫騎鸞鸞でもあり神乃奈々五倍子儀襟でもあり、何者でもない存在。そして、この先にある分岐点まであなたを導くガイドです」
「どういうことですか? ランランとエリには会えないんですか?」
「詳しいことは道中で話しましょう。立ち話も何ですから」
少女は僕の質問に答えないまま、先を歩いていった。道路に散らばっている《白雉》の連中の肉片は、少女が片手を横に振った瞬間に消し飛んだ。まるで息を吹きかけたホコリのように、血肉は道路から全て無くなった。僕はその光景を見て驚愕する。何をしたのか全然わからない、まるで魔法だ。
僕は仕方なく少女の言う通りにする。ハーレーに跨り、エンジンをかけて発進させた。すぐに少女のところまで追い付く。
「あ、私飛べるので普通に走っていいですよ」
「えっ?」
見ると、少女は地に足を付けていなかった。ふわふわとホバリングするように浮いている。原理も仕組みもわからない、ただ浮いているという事実がそこにあった。
僕はアクセルを吹かして加速する。一気に引き離したと思ったら、少女は僕と並走する形を取っていた。つまり、時速六十キロくらいで飛んでいる。驚いたが、しかしこの少女がランランとエリを合わせたような存在ならば、飛ぶことなんて造作もないだろう。僕はあえて飛行能力について問わなかった。
「ランランとエリに会えるか会えないかは、あなた次第です」
風の音やハーレーのエンジン音に関係なく、音の壁を透過してくるように、少女の声が聞こえた。
「もしかして、さっき言ってた分岐点に関係している?」
「その通りです。あなたは旅をしていますよね?」
「うん……どこから来たのかは憶えていないけど、旅をしているのは確かだ」
「あなたの旅はもうすぐ終わります。いえ、そうとも限りませんわね」
「何だか曖昧な言い方だね。そろそろ教えてくれないか? その分岐点について」
少女の言葉を聞いていると疑問ばかりが募っていく。僕は我慢できずに訊いた。
「わかりました。ですが、その前にあなたに教えたいことがあります。あなたは旅をしているのではありません。あなたはこの世界を彷徨っています。そして、この道を走り続け……元の世界へと繋がる道を探しているのです」
「僕の、元いた世界?」
記憶を遡ってみても全く思い出せれない。だが――少女の説明を聞いてある推測が思い浮かんだ。
「ひょっとして、分岐点の片方は、その元の世界へと繋がる道ですか?」
「鋭いですね。流石はこの世界を創造しただけあります。大事な記憶が欠落しているのは問題ですが、まあ、それもシステムの一部なのでしょう」
少女は後半何やら独り言をつぶやいていたが、僕には何のことかさっぱりわからなかった。そして少女は「ともかく」と言って続ける。
「その通りです。片方はあなたがかつていた元の世界に繋がっています」
「じゃあ……分岐点のもう片方の道には、何があるんですか?」
「今いるこの世界です。そして、その道を選べば永遠に他の道には行けなくなります」
「永遠に? じゃあ、ずっとこの世界の道を?」
少女は頷いた。
「あなたは自分が創造した世界を永遠と走り続けます。バイクのガソリンは無くなりませんし、食料も無くなりません。荒野と砂漠、草原と河川だって永遠に続いています。あなたは好きな時に好きなだけランランやエリと時間を過ごせる。好きなだけ寝てもいいんですよ。それに……今や《白雉》はこの世界から消滅しました。外敵がいないあなたは死ぬこともない。まあ、戦いを求めているのなら作ることもできますが。何もかもあなたの自由です」
「ランランとエリに会える……」
僕はその言葉に心が揺らいだ。あの二人と共に永遠を過ごすなんて、考えてもみなかった。まだ二人とは出会ったばかりで、知らないこともたくさんある。もっと二人のことを知りたいし、もっと仲良くなりたい。
ただ、疑問はまだ残っている。僕は少女に言う。
「訊きたいことがいくつかあります」
「何ですか?」
「僕がいた元の世界への道に、ランランとエリを連れていくことはできますか?」
「できません。あなたが元の世界への道を選択すれば、この世界の全てを捨てることになります。他には?」
「その道の先には一体何があるんですか? また、この世界への道同様、引き返すことはできないと思っていいですか?」
「はい。どちらの道を選んでも、引き返すことはできません。前者の質問ですが、それは私にもわかりません。ただ言えることは、そこに永遠という言葉はなく、あなたの思い通りにはいかないということです」
元の世界にいた時の記憶がない僕には、それがどんなところなのか想像できない。だけど、僕は本来そこを目的に旅――少女が言うには彷徨っている――をしていると。でも、僕は本当に元の世界へと戻りたいのだろうか? 少女が知る分には、そこに永遠や自由はなく、ランランやエリもいないという。僕はそんな世界を望んでいるのか?
この世界なら、永遠の時をランランやエリと共に生きられる。あらゆる自由がそこにはあり、何もかもが望み通りになるのだ。
不自由で何があるのかわからない元の世界より、あらゆる制限がなくて見知った世界の方が、比べるまでもなくいいに決まっている。なのに、僕はそれを口に出せない。僕の中に決定を渋らせる違和感があるのだ。容易に選択できない違和感が。それがわからないので、僕は悩んでいる。
「先に言っておきます。この先はY字に道が別れていて、右があなたのいた元の世界へと繋がる道、左がこの世界へと永遠に続く道です」
「何でそれを先に言うんですか?」
「後がないからですよ。比喩でも何でもなく、現実的に」
妙な言い方だなと思い、私は後ろを振り向いた。そこで僕は目と口を開いたまま硬直する。開いた口が塞がらない。
後ろに見える世界が崩落しているのだ。道路が、荒野と砂漠が、草原と河川が、空までも――傷付いたガラスのようにヒビが入り、砕けて、落ちていく。色彩を持つもの全てが混沌よりも深い闇に呑まれていき、大きな口を僕達に見せている。それは僕達が走行しているのと同じ速度で進行していた。
「何だこれは!?」
「今は世界が不安定なの。だから、後戻りはできません。一度選択すれば、二度と変えることはできなくなります。さあ……もうすぐ別れ道が見えてきますよ」
「えっ……」
僕は少女の言葉に反応して前を向く。すると、遥か彼方に一本の道路から枝分かれしている別れ道が見えた。今の速度で走り続ければ三分もかからず行き着くだろう。
選択を迫られている。僕の心はまだどちらにも決まっていない。このままではなし崩し的にどちらかの方へ行ってしまう。それだけは駄目だ、悔いが残る。かと言って時間を稼ごうとスピードを緩めたら、たちまち後ろの崩壊に呑まれそうだ。
いつの間にか、僕の腕はハンドルに固定されたかのように動かなくなった。肩を使って左右に舵を切るくらいしかできない。
「悔いなき選択を心掛けて欲しいですが、時間は限られています」
少女は遠回しに僕を急かす。少女にそのつもりはないかもしれないが、僕はその言葉に焦る。
『こっちに来てください』
「あっちに行けばいいさ」
その時、どこからともなくランランとエリの声が聞こえた。僕は首を回して辺りを見るが、その姿はどこにもない。横で並走している少女が出しているのでもなさそうだ。
空耳か幻聴か、それとも僕が彼女達の声を聞きたかったから作り出したのか――それはわからない。でも、二人の言葉を聞いて僕は決心がついた。胸の中にあったつっかえのような違和感がなくなったのだ。
「僕は決めたよ。僕の行き先は…………元の世界だ」
吹っ切れたように、僕は迷いなくハンドルを右に切った。緩やかにハーレーは道路の右側に寄る。少女との距離が少しだけ離れた。
「……そうですか。私はガイドです。私の役割はここまで。そして、あなたの意思を尊重します。最後になりますが、私はお借りした体を本人達に返しますので、ここでお別れです。さようなら」
少女は言い終えると、体の輪郭がぼやけ始める。やがて一つの体が二つに別れ、それがランランとエリの形になっていった。二人は僕を見る。
《ありがとう。さようなら》
重なり合った二人の言葉は、心の中に直接語りかけられたかのように響いた。
二人の表情はとても晴れやかで、僕の脳裏に焼き付くほど輝いている。
直後――分岐点が僕と彼女らを別つ。道は左右に広がっていき、ランランとエリの姿が小さくなっていく。僕は別れの言葉をかけることができず、二人を見送ることしかできなかった。
「こちらこそありがとう。そしてさようなら、ランラン、エリ」
僕は遅れてつぶやく。二人に届くはずもないが、言わずにはいられなかった。
選択肢を誤った――とは思わない。僕は元の世界を選んだことに対して後悔はしていない。自然と気持ちが軽くなった気がする。同様に、ランランやエリがいるあの世界を選ばなかったことに対しても、罪悪感はなかった。
これでよかったんだ、と自分で納得している。
あの世界は素晴らしい。僕が作った世界で、ランランとエリも僕が作ったあの世界の住人だ。何もかもが思い通り。永遠と無限が存在する世界。誰もが求める理想郷だ。僕は、少しの間だけあの世界を体験した。永遠に続く道路を走り、無限マグナムを撃ち、悪党を倒し、ランランやエリと出会い、様々な話をした。奇想天外なことばかりが続き、息をつく暇もなくここまで来た感じがする。
こんな刺激的なことばかりして時を過ごせるのなら、飽きが顔を見せることもなく、いつまでも充実した毎日を送れるに違いない。想像するだけで胸が躍る。
だけど――それが本当に正しい選択と言えるのだろうか?
良し悪しで判断するならば、断然あの世界の方がいい。しかし、正しいか否かと問われれば、僕は正しくないと答える。だから元の世界に戻る決心をしたのだ。
悠久の時、無限の物。それは計り知れないほど魅力的だ。よく言えば、いつまでも同じ時を過ごせられるし、いつまでも同じ物を使い続けられる。
でも悪く言えば、停滞だ。繰り返し同じ時間の中に留まり続ける。物は無くなることなく、故に新しい物は生まれない。いっそ停止と言ってもいい。あの世界は、進むことを、無くなることを恐れている。
永遠や無限が存在する世界は間違っているのだ。時間は平等に一秒ずつ刻み、物質は平等に一秒ずつ劣化して、いつかは無くなり、代わりの物が新たに生まれてくる。
出会いと別れも、いつかは経験しなければならないことだ。
僕はあの世界でランランとエリに出会い、そして先程別れた。悲しいし寂しいけれど、元の世界に戻ればまた新たな出会いが待っている。元の世界がどんな世界なのか僕は思い出せれないけど、僕は恐れずに前へと進んでいきたい。
元の世界に繋がる道を走り続けていると、前方に光輝く道が見えた。全てが白磁色で何もないように見えるが、遥か彼方まで広がっていく奥行きも感じられる。
僕はハーレーの速度を緩めることなく、光の中に突っ込んだ。
やがて視界一面が光に包まれ、僕の意識も真っ白に塗り潰されていった。
*
目を開けると、そこには紫條院清華が、涙を浮かべた顔をして私を見ている。
「清華……返事を聞かせてくれ」
「ごめんなさい」
「えっ?」
永遠に眠ったままの方がよかったかもしれないと、私は思った。
《World of chaos & Minority wonderland》is the END.