4:はんぐおーばー
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「……あれ?」
ガンガン痛む頭を抱えながらから僕は思わず周りを見渡した。ここは一体どこだ?
そのとき何かか僕の頭を蹴った。
「ん、むーう……これ以上チョコランマは食べられないよ」
そんな平和ぼけしてるねごと入った春の耳に僕の Bluetooth イヤホンを入れ……あれ?
ポケットまさぐる僕の手空を切る。おかしな、普段をポケット中に入れてるのに。充電中なのかもしれない。
そう思って周りを見渡す。安っぽいベットが申しわけ程度に置いてある。狭い部屋、そこに僕と春が押し込まれていた。
カーテンの内窓から直射日光をさしてくる。おかしい、本来なら僕の部屋はカーテンを閉めているので日光が差し込まないはず。そもそも、ここはどこだ?
僕は先の返しとばかりに春の頭を軽く蹴りつけようとしたのだが、直後に自分の失態に気づいた。あ、やべ、こいつは……
僕の蹴りの勢いを利用し、コマのように背中を軸に回転し春は起き上がった。そして何をされたのかもわからないまま、こんどは僕が地面に叩きつけられた。
「ぐぅ……こいつの自動迎撃システムを忘れてた……」
去年一連の名探偵ごっこの最中、バトル漫画家ってくらい次々襲い来る犯罪者を前に力不足を感じた春は対峙し、犯罪を暴き捕まえたある怪盗に一時期師事を受けていた。その怪盗というのも体を触れないで人を投げ飛ばせたり、コンクリを粉砕パンチを放てたりする人種……いや、人間かも怪しい人物だったので、当該怪盗に修行を付けられた春も人間卒業試験を平然とパスするようになっていた。
「お前は誰だ……って平かよ」
のたうち回る僕をよそに、春は周りを見渡す。
「いやあ、今日もすがすがしい朝だ」
朝からストレス発散果たし清々しそうな春とは対照的に、今の僕にとって彼は忌々しい。
そんな茶番をかわしつつ、僕は春にこの部屋に見覚えはないか聞いた。しかし覚えはないようで、自分の所持品がないことにも驚いている。
「てかそもそも目を覚ます前はどんな流れだったんだ?」
ボサボサになった長髪を整えながら、春は僕に聞いた。
「確かいつもの夢水探偵事務所で皆が僕の誕生日祝ってくれてたんだ。もっとも祝ってくれた昨日だけだったみたいだけど」
僕は肩をすくめて笑う。
「そうだった。夢水探偵事務所で平の誕生日会をしたところを覚えてる。これで全員成人したから今日は酒盛りじゃーって言った気がする」
あー、だから頭痛かったんだ。春がザルなのは知ってたけど、どうやら僕は人並みだったみたいだ。
「初めてのだかかペース握り切れなかった。ああ……だんだん思い出してきた。誰だ、天然水入っているはずのペットボトルにウオッカ仕込んだバカは」
「若人よ、過去を振り返ることもよいが今は建設的に前を向こうじゃないか」
「犯人はやっぱりお前だったのか。まあ、だろうと思ったよ」
「やだ私の信用低すぎ!?」
……僕は頭を抱えながら見覚えのない周囲を見渡した。床は年季の入ったフローリングで部屋の広さは4畳半程度、そこにベットが一台置いてあるきりだった。窓は一つで先ほどから差し込む直射日光が眩しい。持ち物は皆無で勿論財布もない、服装は普段着、他に誰も、何もあるわけでない。非力な僕はともかく、普通の扉ぐらいなら蝶番ごと吹っ飛ばせる野生児にも拘束の跡がないことから、昨年未遂含め複数回された拉致という線は無さそうだ。しかし……
そこまで考えた瞬間急に外から内にドアが開けられ、続いてPCのマウス大の円筒が部屋に投げ込まれた。続いての1秒で即時に春がそれを器用に飛んできた方向に蹴り返した。次の1秒で蹴り返されたものに気づいた向こう側から悲鳴が響き、最後の一秒で春が僕を地面に押し倒し、自身と僕の目と耳を塞いだ。
頭の芯まで響くようなキィンという高音と光の炸裂の後、春が僕の手を引きながらこう言った。
「逃げるぞ。理由はわからないけど、どうやらスタングレネード使えるくらいやばい連中に追われてるみたいだ」
流れについていけず、衝撃により若干途切れそうな意識と共に僕は春にこう繋いだ。
「詳細は分からないけど、俺はこの騒動が春により引き起こされたという予想に114514ペリカ賭けとくよ……」
こうして僕と春の、実はアメリカで起きていた逃走劇が始まったのであった……。
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「……で、結局なんでFBIやマフィアに追われるようになったの?」
今回の騒動を無事に収めた功労者、西夏は僕のマグカップにコーヒーを淹れながら聞いた。
あれから1週間、無事夕月市に帰ってきた僕はいつもの探偵事務所に居た。西夏が自分のマグカップにコーヒーを淹れ、テーブルの向かい側に座るのを見てから僕は返した。
「たぶん普通に話したら話が進まないだろうから質問は纏めて最後にしてくれるかな?」
僕が張ったのは予防線でなく制裁を避けるための戯言であると露知らず、少し怪訝な顔をしながらも西夏は頷いた。
「どうやら僕は酔った勢いで、春と>>1と大夏と共にアメリカに行っていたみたいだ」
思わずツッコミを入れようとする西夏が口を開く前に僕は言葉を畳みかける。西夏よ、いれるのはコーヒーだけでいいんじゃよ。
「酒が入って悪乗りした僕達は調子にノってラスベガス行って一山当てようぜという流れになり、そこから>>1の相変わらず謎の伝手により酒盛りしながらも航路でアメリカに密入国、ラスベガスに行くという目的を酒に流された僕らは大夏の提案で近くの野球の球場に侵入。客席で勝手にメジャーリーガーの練習見ながら酒盛りしてたらノリのいい選手達も寄ってきてみんなで酒盛り、大夏が野球できるのを知った向こうの人が大夏と一打席の真剣勝負初めて、メジャーリーガー最速のインディー・ジョンソンのまっすぐをバックスタンドにぶち込んだのを監督に見つかりそのまま謎の流れでメジャーの試合に出ることになったんだ」
そこまで一気に話してから僕はまだ熱を持っているコーヒーを冷ましながら啜った。あれだけアルコールを採ったからか、本来アルコールを含まないコーヒーでさえアルコール入りではないかと錯覚してしまう。
「……それ、流石に嘘よね?」
ほら言った通りだ、こんな与太話にしか聞こえない事実なんて信じられるわけないんだよなぁ……。しかしそこを議論しては話が進まない。
「西夏、質問は最後にするよう言ったはずだ。……大夏は流れのまま代打の切り札として9回裏3点差で2アウト満塁に打席に立ち、男大夏が逆転満塁サヨナラホームラン。そのまま次の酒盛りをし今度気づいたら春と安いホテルにすし詰めで、起床後すぐに所属不明の傭兵部隊から襲撃を受けたんだ。春と二人で逃避行を続ける中合流した>>1が言うには、その間お世話になった孤児院を守るため結託してた汚職警官とマフィア相手にハッキングして、そこからFBIも関与してるんじゃないかという話なりハッキング、途中でバレてめでたく僕らは犯罪者入り、だということらしくて……」
「聞いてた話と違うけど、これ何処まで嘘なのかしら?」
そこまで聞いた西夏が急に真顔になり手元のスマホにそう投げかける。
『西夏氏、密入国までほんとでその後は唯一財布を持ってた平氏の提案でラスベガス、そこで勝ちに勝った漏れらはその勢いのまま高級レストランに行ったんだけど、稼いだお金全てが入った財布をトイレに行く途中でスラレて……』
「ちょっと用事思い出した」
スマホから響く>>1の声を後ろに僕は一目散に出口に向かって猛ダッシュを始めた。ちくしょう、あいつらは払えなかった食事代のカタとしてアメリカに置いてきたはずなのに……!!
3メートル、西夏が走る僕に気づいた。2メートル、スマホのスピーカーから『あいつ話の途中で逃げるから用心な!』という声が空しく響く。1メートル、「その忠告は3秒遅かった!!」と僕は勝ち誇る。ドアまで0距離、外開きのドアは勢いよく開かれ
「”止まりなさい”」
丁度事務所入り口付近にいた銀の女王、逢の一声で僕の足は止められることとなった。ずるいぞ、前の事件の時『この力はもう二度と使わない』って言ってたじゃないか!!?
そう異議を唱えようとする僕の口は、急に止まった足と急には止まらない慣性の法則により生じた、地面のコンクリに向かって激しいキスするという仕事で忙しいようで開いてくれなかった。
「それは信頼する仲間には、という制約を付けていたはずだけれど」
まるで浅はかな僕の考えなんてオミトオシとばかりに言い放つ逢、靡く銀髪満ちる迫力、まるでラスボスの様だ……。
『柲、平を!!』
「分かってます春ちゃん、奴は何としても引きちぎります!!」
この状況下でこれ以上傷を負わないで逃げ切れるという奇跡を切望する僕に、裏ボスという絶望を電話一本でデリバリーする春の声が追い打ちをかける。全てをあきらめた僕は痛む顔面を尻目に気絶を決め込むのだった……。