2:こーえん会って?
「平!今日俺こーえん会行くんだぜ!!」
僕の数少ない友人の一人、相川春が僕の部屋に入り込んで言い放ったのは午前01時。僕の生活習慣的に丁度眠りが浅くなる時間帯だ。しかし、まだ起きるのには4時間30分早い。よって僕の機嫌はあまり良くない。
「逝くならBFにしろ」
「こないだ行ってメッチャ痛い目合ったんだけど!??俺もうサバゲーにトラウマ持ってるぞ!」
つい先週、いつもの面子で近所のサバゲーフィールド“BF”に行った。そこで大学内において強豪で有名なサバゲーサークルと闘うことになったのだが、こいつ自分の身体能力に甘えてゴムナイフ一本で突貫したわけだ。しかし、兵法の何たるやを知らないものが一騎当千を狙ったところで、戦上手に敵うわけでもなく、開始3分もかからず罠に引っかかり囲まれボーで叩かれる結果となった。
「春、今何時か知ってるか?」
「ぜろいちじであります!」
「軍隊式仕込まれてるんじゃねえよ」
僕は呆れながら返す。
「あ、で、俺今日嫌われる度胸を書いた人のこーえん会行くんだ!平読んだって言ってたよな!教えてくれ!」
早く寝たい僕は、春の耳に充電済のワイヤレスイヤホンを嵌め、春のスマホから自分のオーディオブックのアカウントに入り、既に幾度となく再生した嫌われる度胸のファイルを再生した、4倍速で。
「おやすみ」
「お、お、きょうのみやこに……」
「どんだけ頭ごっちゃになってんだよ……」
◆
同日13時、僕が明日の投資の為の分析を終えた頃、春が学生寮に帰ってきた。
「やあ平くん、今日わたしはこーえん会に行ってきたのだ」
「それ12時間前に聞いた。内容どうだった?」
(話し方から察するに、講演会に参加したことで頭良くなったと思い込んでいるな。それならわざわざカフェオレじゃなくて、コーヒー淹れて後は自分でコーヒーシュガーとミルクは調整してもらおう)
そんなことを思いながら、僕はスマホを弄りながら二人分のコーヒーを淹れる。
「きつ音がひどい女の子がいたんだが」
「ああ、ストーリー仕立てで覚えやすい内容の話をしたのか。でもそれ本の内容と同じだよね。僕が聞いてるのは、何度も聞き飽きた本の紹介じゃなくてそれ以外の話だよ。例えば現実的な応用方法とか新しい研究結果、または質疑応答の内容とか」
「え、えーー、えっと」
「まあ、いきなり聞いて悪かった。コーヒー淹れたんだけど、飲む?」
「の、のむ飲む」
難しいことは苦手な奴なので、間を挟むことが必要。しかし、頭はよくなった気でいるのでカフェオレを出しても“今日はコーヒーの気分なのだよ!”とかほざくかも知れない。それに加え、少量でもコーヒーシュガーやミルクを添えておけば文句は言わないだろう、今は。
「で、考え纏まった?」
「おう、内容な。なんか近くのアジアの国でも売ったらベストセラーになったみたいで、違う国でも効果が証明できてる考えですって言ってた。」
「へー、あれ他の国でも売れてるんだ。まあ、確かに元の考え方自体西洋のものだしたね」
「そうそう、シンドラーの考えだよな」
「それは」
そこまで言って言葉を飲んだ。シンドラーはエレベーター作ってる企業のことでお前が言いたいのはアドラーだ、と突っ込みたくて堪らなかったが、まだ早い。
「まあ、なにはともあれ、内容は基本的に本の販促だったんだね」
「んー、まあ確かにその場に続編含めた本の直売所があったりはした。あと……」
そう言いながら春は自分のリュックから一つの封筒を取り出し、中身を広げだした。
「なんかコンサルタントもやってるみたいで、色々な講座や他の人の本やこーえん会の案内もあった」
あ……(察し)。
「俺スゲー頭良くなったから、これから色々な講座やこーえん、参加してみようと……」
「春、僕の突っ込みたい欲が閾値を超えた。わかりやすい例を出して突っ込むけど、ニタニタ動画のぱこr……歌い手って、どうやって自分のデビューまで持っていこうとするか知ってる?」
「え、なんだよいきなり。えっと、俺はボイトレして、みんなが聞きたかってるボカロ曲歌って、ウィスパーで他の歌い手とかと話して友達になって、一緒に歌って楽しくて……」
「僕が知らなかった春の副業が歌い手だってことは置いといて、それを整理すると ①優良なコンテンツを作れる力を養う ②その時の時流に合ったコンテンツを作る ③一定の評価を得る ④同じかもうちょい上の歌い手と仲良くなって、ファンを共有する という4つの流れになる」
「なんか難しい言い方だけど、ファンの共有って?」
珈琲が苦かったのか、コーヒーシュガーとミルクを淹れながら眉をしかめた春が応答する。
「まず、春はボイトレして流行りの曲を歌うことで、あるジャンルで歌う春のファンになってくれる人ができる」
「おー、最初は中々コメントも入らなくて泣きそうになったけど、ボイトレしたり歌う曲選んでいく内に、ちゃんと反応してくれる人ができてくれて嬉しかったなー。」
「んで、反応を返し続けてくれる人達は一定数できたけど、数は一定のところで止まってしまう。そりゃあ好みや飽きがあるからな。」
「そうそう、たまにすごく聞いてくれる曲があったりするけど、そのあとも聞いてくれる人って思ったよりも多くないんだよな」
ちびちびコーヒーを飲みながら春が相槌を打つ。
「そこでファンの共有だ」
「えーと、俺で言うと、ウィスパーで同じ歌い手と友達になることだっけ?」
「そうそう、好きな歌い手の友達は良い奴って考え。さっき挙げた一曲だけ再生数が稼げるって場合は、作品のファンは多いんだけど、歌い手自身のファンまでにはなっていない状態だ。だからこの場合必要になるのは、歌い手自身を好きになってもらうことだ」
「つまり、俺が聞き続けてもらえなかったのは、その作品は聞く価値があるけど、俺自身には聞く価値があると思ってもらえなかったってことだな」
ちびちび飲んでいたのが、ちびちびちびくらい飲むようになった春が返す。
「まあ、飽くまで僕個人の解釈だけどね。それで、一定のファンを持っている他の歌い手と仲良くなって一緒に歌うことで、自分を知ってもらったり、好きになってもらうと」
「でもさ、それがどうさっきのこーえんの話に繋がるんだ?」
「それな」
僕は一人分のカフェオレを淹れつつ応える。
「さっきの①から③を嫌われる度胸と置くと、④はなんだと思う?」
「………………?」
春は今日の講演の内容を思い出しているようだが、コーヒーを飲むペースがちび……ちびとなっているので、上手くいってないようだ。僕は助けえ舟を出すことにした。
「春、さっき出した封筒を見てみ」
「えっと、講座や本、こーえん?」
「そ、んでそれらを歌い手の作品と考えると?」
「えっとー、あ」
(察し)
「あ?」
「この人、本や講演、つまり自分の作品を目的で来た人達を、他の人の作品に紹介してる……」
「そうそう、つまり自分のファンを他人とシェアするってわけさ。一応断っておくと、別に押し売りってわけでも騙してるわけでもないよ?単に自分が自信を持って勧められる作品を、みんなに役立てて欲しいだけとも言えるし」
僕の言葉を聞いて、ついにコーヒーの苦さに勝てなくなったのか、コーヒーカップを置いて春は言った。
「平、かふぇおれ」
僕は三人目に座る用のクッションを渡しながら言った。
「僕はカフェオレの精霊じゃないけど、こんなこともあろうかと」
春はカフェオレを飲む。僕はコーヒーを飲み干す。ドルオタこと柲は、春の飲み残したコーヒーを飲み口を重ねつつ飲む。コーヒー淹れる時に、残されるだろうコーヒーの処理用に呼んでおいたのだ。
「平」
「ん?」
「はかったな?」
「そうだね。アドラーをシンドラーと聞き間違える、エレベーター大好きっ子は気づかなかったみたいだけど」
「え、春ちゃんシンドラーって聞き間違えたんですか!?春ちゃんカワイイヤッター!!」
……こうして僕は12時間前の恨みを晴らしたのだった。