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法王 -ハイエラファント-

 ある街の片隅で[行商人 サファリ=ベル]の看板を掲げ、商いをしている露店がぽつんとありました。そこへ、一人の女性が近づいていきます。高価そうな布でできた黒いローブを纏い、首から十字架のペンダントを提げています。女性は艶のある黒髪の合間から、憂いを帯びた眼差しで店の中を覗き込みました。

 もっと正確に言うと、彼女が見つめていたのはその店の店主とおぼしき少年です。どれだけ高く見積もっても、十代半ばほどにしか見えないその少年は、天に浮かぶ雲のような、真白い髪をしていました。

「そこのお方」

 女性が呼び掛けると、その少年はすぐに顔を向けました。その眼差しを見て、女性は息を飲みます。それもそうでしょう。白髪の奥に佇む一対の海色。その透明な眼差しは何者の心をも射抜くような鋭さを持ちながら、和やかに微笑んでいました。

「はい、何かご入り用でしょうか? 探し物なら大抵は手に入ると自負しておりますよ」

「いえ、そうではなく」

 開口一番、流暢に売り込み文句を言うあたり、根っからの商人であることを感じさせます。女性は柔らかい声で否定しつつ、続けました。

「わたくしはトアル神さまにお仕えしている者でして。トアル神さまの啓示を広めに来たのです」

 どうやらこの女性、宗教家のようです。自らの仕える神の名を出すと、これまた流暢に女性は語ります。

「見れば、あなたはまだかなりお若いのに、相当な苦労をしておいでのようで。ぜひにトアル神さまの加護を受けられてみては、とお誘いしたく、立ち寄った次第です」

「あ、いえ」

 女性の目に宿る熱に、若干引き気味に少年は応じます。この女性、相当な信者のようです。

「あの、僕はそんなに苦労してないというか……この白髪は生まれつきで、母親譲りなだけであって」

「まあ、なんと! お母さまも相当ご心労の多い方でしたのね」

「いえ、母も生まれつきなんですが。それと、僕、こう見えてあなたが思っているより年は食っていますからね?」

「そんなあなたは、ぜひにトアル神さまの教会へ赴き、救いを求めるべきです」

「ねぇ、聞いてます?」

 全く聞いていない風な女性から答えはなく、少年はそっと溜め息をこらえ、代わりに眉をひそめます。その表情変化はごくわずかなものだったので、女性は気づかなかったようですが。

 それでも、そこですぐにお手上げとしないのがこの商人です。一拍の間を置いて、少年はこう告げました。

「救い、ですか。そんなものは僕よりも、より多くの憂いを抱えるあなたの方にこそ必要と見える」

「わたくしに? ですか」

 思いがけない切り返しに、女性は狐につままれたような表情になりました。きょとんと少年を見て、はっとします。腰のポーチから何やらカードを取り出した瞬間、少年の雰囲気ががらりと変わりました。商人の打算的な色はなく、神秘的な、宝玉のような色を宿した海色の瞳が、そこにありました。少年は白くしなやかな手の中で、カードを扇状に広げ、ばらりと女性の方へ差し向けます。

「この中から、お好きなものを一枚、お選びください」

 澄んだ細波のような声が、女性の頭にすっと入り込み、女性は何の疑問も抱くことなく、一枚を選び取りました。そのカードを返してみると、片手に錫杖を持った壮年の男性が、もう片方の手を目前に跪く者たちに差し伸べていました。が、どうやら引いたときに逆さになっていたようで、女性は向きを変えようとしました。

「お待ちください。これはタロットカード。向きが変わると、意味も変わってしまうまじないのカードです」

 少年は女性の隣に歩み寄りながら告げました。女性の手にしたカードを見て、説明します。

「これは、[法王ハイエラファント]の逆位置。法王とは通常、民に救いを与える者です。しかしそれが逆となると──救いを求めている、ということになる。それが今のあなたの現状ではありませんか? 僕にはあなたが、何か焦っているように見える。憂いを帯びたあなたの表情は民を慮る女神のようで美しいけれど、眺めているには心苦しいものがあります。まずはご自身で、自らの崇める神の元を訪ねてみてはいかがですか?」

 そう言って微笑みかけた少年に、女性は頬を赤らめました。少年は女性の手からそっとカードを抜き取り、店の方へと戻ります。

「残念ながら、僕は明日にはこの街を起たなくてはいけませんので、それまでにできるだけ稼ぎませんと。代わり、あなたに祝福があらんことを、心よりお祈り申し上げます」

「あっ、ありがとうございます」

 いつの間にか立場が逆転していることにも気づかず、女性は立ち去りました。

 そして付近に誰もいなくなると。

「いつになったら自重するのですか、サファリ様」

 冷ややかな女性の声が、少年の手元からしました。少年の持つ、タロットカードからです。

「今回のは、布教活動を追い返すための方便ですよ、[女教皇ハイプリーステイス]さん」

「何を仰いますか。ズルしたくせに」

「あれ、バレてました?」

 実は、少年はカードを扇状に広げた際、わざと[法王ハイエラファント]のカードのところを大きく広げ、そのカードを選ぶように仕向けていたのです。これは奇術などで使われるマジシャンズセレクトという手です。

「またあなたはのらりくらりと……! [法王ハイエラファント]、あなたは利用されたんですよ。何か言ってあげてください」

「うむ」

 [女教皇ハイプリーステイス]の苦言に、少し年嵩のいった穏和そうな男性の声が応じました。先程の女性が引いたタロットカードのナンバーⅤ[法王ハイエラファント]のカードです。彼は少し悩むとこう告げました。

「救いを求める者を救いの道へ導くのは、真っ当なことだと思うがの」

「ですって」

「あ~っもう!」

 凛とした女性の呆れ声が、場に響きました。



[法王ハイエラファント]

ナンバーⅤ

基本的な絵柄→片手に錫杖を持ち、片手を目前に跪く者たちに差し伸べている壮年の男性。

カードの持つ意味→精神的な救い。


※後日追記の可能性あり


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