女教皇 -ハイプリーステイス-
カツン。
図書館で本を読んでいる最中、足先に何か平たいものが当たる。奇妙に思って机の下を覗くとカードが一枚落ちていた。本を読む理知的な女性が描かれたカード。綺麗な絵だな。
そう思ってぼんやり見ていると、すみません、と細波のような声がした。
そちらを向くと、ふわっとした白い髪の奥に海の色を湛えた瞳を持つ少年がいた。そういうのに普段興味のない私でもどきりとするほど整った顔立ち。それが今は少し、困ったように笑んでいた。
「すみません。そのカード、僕のです」
「あ、はい」
見るとその人は、裏面が私の手にしているものと同じデザインのカードを持っていた。私は素直にカードを渡す。その人がありがとうございます、とふわりと笑った顔が、なんだか眩しかった。
「ついでにもう一つ、頼みたいことがあるのですが」
その少年が再び困ったような表情をするのに、私が断る言葉を持つはずもなかった。
「ありがとうございます。すみません、手伝ってもらってしまって」
「いいえ」
その少年が私に頼んだのは、本の捜索だった。そこそこ広いこの図書館の中、本を探しているうちに迷ってしまったのだとか。本人によると、地元の人間ではないらしく、行商人として渡り歩いているという。どおりで、見ない顔だと思った。
本探しなら、私はお手のものだった。何せ私は無類の本好きで、この図書館には棲みついているといっても過言ではないくらい足繁く通っている。
「でも、商人さんだったなんて意外」
「なんでです?」
「だって、探している本が占い師さんみたいなんだもの」
彼の探している本が占いに関する本ばかりだった。占いでも、タロットカードに関するもの。思えば、さっき拾ったカードもタロットカードのうちの一枚だ。
それに、この少年は、なんだか神秘的な雰囲気を持っている。常人離れした美貌がそう思わせるのかもしれない。
「はは。その真似事はしますね。あ、そこの本」
少年が目的の本を見つけたらしく、手を伸ばすが、少年の背丈では微妙に届かない。む、と唸って背伸びする少年がなんだか微笑ましかった。代わりに台座に乗って本を手に取る。
ぱし。
瞬間、手が重なった。
「あ」
思わず、間抜けな声を上げて、少年を見る。真っ直ぐな海色と出会い、直後、かぁっと胸の奥から込み上げてくるものがあって、その中に何か恥ずかしさもあって、その理由がわからなくて戸惑う。こ、この人ちゃんと届くのに、私ったら余計な真似しちゃった、なんて自分をごまかした。
「ご、ごめん。余計なこと、しちゃった……」
「いいえ、ありがとうございます」
その人は柔らかく笑んだ。どうしよう、自分の脈がうるさい。
「やっぱり、あなたに頼んで正解でした。ちゃんと、見つけてくれましたからね」
その人の手を借り、台座を下りる。この人の一挙手一投足にどぎまぎしている自分が自分じゃないみたいで、恥ずかしい。埋まりたい。でも、この手、離してほしくない! っていうのも事実。
「どうかしました?」
いつまでも手を離さない私を不思議そうな目で見つめてきて彼は言う。私は慌ててごまかした。
「あ、あの、どうして私に頼んだのかなーって。他にも人、いっぱいいるのに、まるで、私がここに詳しいのを知ってたみたい、なんて」
どんだけ苦しい言い訳だ。
しかし、こんな苦し紛れの問いにも、海色の瞳は真摯に答えてくれた。
「あなたが、輝いて見えたんですよ」
そんなこと、言われたら、完全に、落ちてしまう。
恋に──なんて、恥ずかしくて、口には出せないけれど。
少年が「行商人 サファリ=ベル」の荷車に戻ってくるなり、その少年に語りかける声がしました。
「サファリ様」
硬質な雰囲気の女性の声。それは少年の持つタロットカードのナンバーⅡ[女教皇]でした。
「あのような行動は、以後、慎んだ方がいいかと」
「本に詳しい人探すのに、わざとタロットぶちまけたりすること?」
「それもですが……いいです」
溜め息混じりのその声に、少年はくすりと笑って、こう付け足しました。
「ちょっと口説くくらいいいでしょ」
「わかってるなら、自重してください!」
そんな突っ込みが、場に響き渡りました。
[女教皇]
ナンバーⅡ
基本的な絵柄→本を手にしている理知的な女性。タロットカードの中では唯一本が描かれている。
カードの持つ意味→知識、理知的、本。