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審判 -ジャッジメント-

 [行商人サファリ=ベル]と看板のある荷車を引いて、少年はとある岬に来ていました。眼下には少年の瞳の色にも似た海が臨めます。

 その岬に立つ墓石二つ。いや、墓石というにはあまりにもみすぼらしく、名前も書かれておりません。

 片方の墓石には辛うじて[×××=ベル]と読み取れる字が書いてあります。

 荷車を停めて、その墓石に向かい、少年──サファリは花束を手向けました。

「お久しぶり。父さん、母さん」

 サファリの実の親はわかりません。ただ、サファリを育てた養父が、サファリの母を看取り、その後、墓をここに建てたのだと言います。サファリの母は幼少に娼館に売られた身。その瞳と同じく美しい海の色も知らないだろう、とこの岬にしたそうです。サファリは生前に養父にそのことを聞き、養父が死してから、養父の墓をここに建てました。養父は何も言っていませんでしたが、養父は母を好きだったんじゃないかと思ったからです。

 まあ、母は死の間際だったそうですから、恋愛なんてする暇もなかったでしょうが……父が母に似た自分を好いていてくれたなら、という幻想を抱いていたのです。

 母の墓石に名はありません。父が恥ずかしげに、「名前も聞く前に死なせてしまった」と言い、墓石に名が刻めなかったことを悔やんでいました。その意志を継いでと言えるかどうかはわかりませんが、サファリは父の墓石には父の名前を刻みました。石に名前を刻むのは、思ったより難しくて、やがて風化して、名前の部分が読めなくなってしまいましたが。

 サファリは、小さな墓石を二つ、そっと撫で、小さな花束を供えました。年に一回は必ず来るようにしています。自分が死ぬまで、続けるつもりです。

 人には二度の死があるそうです。一つ目は、身体的に死ぬこと。そして二つ目は、忘れ去られること。誰の記憶にも残らなければ、それは二度目の死である、という解釈が世の中にはあります。

 サファリは死ぬまで父と、父から聞いた母のことを忘れるつもりはありません。だから、ここに通い続けるのです。譬、他の誰が来なくとも、サファリが生きているうちは、父も母も二度目の死を迎えることはないでしょう。その証明を続けるために、どんなに粗末な墓石でも、花を手向け続けるのです。

 そうして、墓石と一緒に風に吹かれていると、かさりと足音がしました。

 振り向くと、そこにはアスクが立っていました。以前会った、とある街の地主です。

「……怒られると思ったんだけどね」

「怒りませんよ。何故ここに?」

 サファリはひっそりここに来たはずだ。……確か、ツェフェリに次はどこに行くのか聞かれて答えた覚えはあります。両親の墓参りに行くと。

「……ハクアさまですか」

 確か、アスクとハクアは地主同士、繋がりがあったはずです。それならハクア経由で話が伝わっていてもおかしくはありません。別にアスクを疎ましく思うわけではないので、アスクが口を開くのをサファリは待ちました。

 アスク……随分と皺が刻まれて、白髪の目立つ人物は老人に見えました。以前会ったときもこんなだったでしょうか。サファリはあまり良くない記憶だったので、覚えていません。

 その手に抱えた花束を見、サファリは首を傾げて、墓石を指します。

「供えたらどうです?」

「いいのかい?」

「いいも悪いも、あなたはそのために来たんでしょう?」

 サファリが苦笑すると、アスクはその通りだ、と笑って、名前のない墓石に花を手向けました。当然、サファリの父のことを知らないアスクが、父の分まで花を用意しているわけもなく。

 なんとなく、バランスが悪いな、と思っていると、今度は足音とからからと車輪が回る音がしました。

 そちらに振り向くと、金髪碧眼の少女が、少年の乗った車椅子を引いて現れました。鉛筆屋のエマとカヤナです。

「エマさん、カヤナさん、どうしてここに」

「商人さんこそ」

 エマはサファリの容姿を覚えていたのでしょう。疑問をすぐに口にしました。車椅子に乗ったカヤナは墓石の方に目をやり、ややあってこう告げました。

「伯父さんのお墓がここにあるから」

 カヤナは名前が刻まれた方の墓石を迷いなく指差しました。

「伯父さん?」

「ああ。俺の名前は伯父さんからもらったって母さんから聞いたんだ」

 サファリが目を見開きます。

 風化して読み取れない墓石に刻まれていた文字。[行商人サファリ=ベル]の看板のサファリに塗り潰された文字。そこにはかつて、確かに[カヤナ]という文字がありました。

 カヤナがその鉛筆色の目を和らげます。

「俺、なんだか親より伯父さんに似たらしくって」

 確かに、言われてみると、黒髪黒目の顔立ちは無口だったあの父に似ている気もします。雰囲気も心無しか似ているような。

 どうやらサファリの父はカヤナの母の兄だったようです。

「まだその墓石が風化する前、おばさまがそれを見つけたのよね。それから、ここに来るようになったの」

 エマがそう加えました。

 となると、随分前から二人はこの墓の存在を知っていたようです。

 カヤナとエマが、無言でサファリに説明を促します。サファリも黙っているようなことでもなかったので、明かすことにしました。

「これは両親の墓石です」

「ということは、伯父さんがあなたのお父さん?」

「隣は奥さんってことね。さっすがおばさま、読みが当たる」

 エマの一言に苦笑し、サファリは首を横に振りました。さしずめ、カヤナの母は「兄にもいい人ができたのね」とでも語ったのでしょう。それは少し、違います。

「一つは実の母ですが、カヤナ=ベルは、僕を拾ってくれた育ての親です。血の繋がりはありません」

「まあ……」

 エマが控えめに驚きます。

 サファリは続けました。

「僕は育ててくれた父の跡を継いで、この通り、商人をやっているのです」

 カヤナが静かに告げました。

「伯父さんは、家では冷遇されたって聞いた。長男だけど、黒人だから。それで、伯父さんは小遣いはたいて、行商人になったって聞いた。大変だろうに、色んなところに頭下げてさ」

 やはり、当時も黒人差別はあったようです。サファリの父への当たりは強かったことでしょう。

 それでも、旅の商人という道を選んだのは家族に迷惑をかけないためだったのでしょう。黒人はいるだけで、その家族をも貶されるので。ツェフェリのところにいるアルジャンもそれがためで疎まれていたようです。

「おじさまは立派な商人だったと聞いたわ。私も見習いたいくらい」

 サファリにとっても、自慢の父です。でなければ、サファリは今、行商人などやっていないでしょう。

「じゃあ、伯父さんに花を手向けるよ」

 徐にカヤナはそう言い、()()()()()ました。

 サファリは目を見開きます。エマから受け取った杖を使ってではありますが、カヤナは確かに自分の足で歩き、サファリの父の墓石までやって来ました。

「足は……」

 確か病気で動かなかったはずです。驚くサファリに、カヤナは悪戯っぽく笑みました。

「まあ、金貨の一枚くらいあれば、ここまで治せたさ」

 以前、サファリはエマとカヤナの鉛筆屋に金貨を三枚置いていきました。あの代金で治療したようです。

 まだ長距離は歩けないが、とカヤナは続けます。

「鉛筆屋の仕事は、歩けなくてもできるさ。エマを説得して、あのときのお金は有用に利用させてもらった」

 金貨三枚もあれば、腕のいい医者なら治せたかもしれないのに、カヤナはそうはしませんでした。

 カヤナ曰く、自分のような身体障害者のための献金にしたとか。献金とはまた思い切ったものです。お金が命のような商人気質のエマが許すとは。

「カヤナが言うからね。それに、気持ちはわからないでもないわ」

 車椅子をからからと押しながら、エマはカヤナの傍らまで来て、墓石に手を合わせます。

「障害者もそうだけど、おじさまのようななんでもない肌の黒い人が差別を受けるのは悲しいことよ。それが少しでも減ったなら、と思ったの」

 そうして、みんなが店に来てくれればもうけもんよ、という辺り、エマもちゃっかりしています。

 カヤナはサファリに頭を下げました。

「こうして少しでも歩けるように戻ったのも、あんたのおかげだ。ありがとう」

「いえ」

 そこでサファリのウエストポーチから、ぶー、とラッパの音が聞こえました。まあ、サファリにだけですが。

 ラッパを吹いたのはタロットカードの一枚、人々が穴から出て、復活するよう促す[審判(ジャッジメント)]の天使が吹くものでした。

 [審判(ジャッジメント)]は復活の象徴、物事が快方へ向かうことを示します。

 [審判(ジャッジメント)]の天使は何も言いませんが、静かにラッパで祝福しているように思いました。

 死者は生き返りませんが、生きている限り、希望はあるのです。



タロットカードナンバーⅩⅩ

[審判(ジャッジメント)]

基本的な絵柄→穴の中にいる人々をラッパを鳴らして外へ導く天使の図

カードの持つ意味→復活、再生

カードの絵柄は死んでから生まれ変わるときのことを表している。


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