魔術師 -マジシャン-
[行商人 サファリ=ベル]と看板のかかった荷車を引きながら、森を歩く少年が一人。
「主殿」
そこに控えめに若い青年の声がかかります。辺りに人はいません。声は少年の腰のポーチの中からでした。
「なぁに? [魔術師]くん」
少年は何も不思議がることなく、無表情に応じます。
「久々にツェフェリ殿に会ったっていうのに、いささか不機嫌な気がするのですが、なぜでしょうか?」
「それを君が訊くの?」
「う」
棘を孕んだ細波の声にポーチの中の青年──タロットカードのナンバーⅠ[魔術師]は思わず呻きました。なんとなく、嫌な予感がします。カードの彼ですが、冷や汗たらりな気分です。
「じゃあ、君に聞いてもらおうかな。僕の愚痴」
「あの、いえ……」
「ツェフェリったら、僕の前でのろけ倒すんだよ? サルジェの料理が美味しいとか、サルジェが絵を褒めてくれたとか、サルジェのおかげで幸せだとか。ツェフェリがそういう方面に疎い人間なのは百も承知だけどさ、嘘吐いた末にフラれた僕にあんなに長々とサルジェの話しなくてもいいと思わない? まあ、ツェフェリの生活がサルジェに支えられているのは事実だけどさ」
サルジェがいるから、ツェフェリはこんなに素敵なタロット作れるんだろうし……と、少年は積み荷をちら、と見やりました。荷車の中にはいくつか仕入れてきたばかりのタロットカードがあります。それは最近名の売れ始めたタロット絵師、ツェフェリの作品です。少年は故あってツェフェリと直接取引し、タロットを買い取り、売り歩いていました。
「サルジェはツェフェリにとって、インスピレーションや創造への活力を与えてくれる人──まさしく[魔術師]だからねぇ。絵師にとって、インスピレーションや創造力は命そのものだし」
「そうですよね」
「とはいえ、あそこまでのろけられると、僕だってちょーっと苛ついちゃうんだよねー。でもツェフェリにあたってもしょーがないしさー。お客様は商人的に神様だしさー。だからさー、次の街まで君に愚痴り倒そうと思うんだけど、いいよね? [魔術師]くん」
答えは聞いてない、という感しかなかったが……[魔術師]は拒否することもできずに、そこから数時間、彼の愚痴に付き合うことになるのでした。
「……って、[魔術師]くん、ちゃんと聞いてる? 僕の愚痴、まだ始まったばかりなんだけど」
「ひぃぃぃっ!!」
ちなみに、タロットにおける[魔術師]はナンバーⅠということで、物事の「始まり」を示します。
[魔術師]
ナンバーⅠ
基本的な絵柄→とんがり帽子を被り、ローブを纏った青年が杖を持って立っている。その前にはテーブルがあり、短剣、カップ、金貨が乗っている。
カードの持つ意味→物事の始まり、インスピレーション、創造力。逆位置では物事が行き詰まることを示す。