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月 -ムーン-

 サファリは久しぶりのハクアの屋敷に来ていました。ツェフェリの作品を受け取るためです。来ていたのですが……

 部屋に引きこもって出て来ないツェフェリ、狩りからなかなか帰って来ないサルジェ、あたふたとしているアルジャン。

 明らかに空気がおかしいのです。主にツェフェリとサルジェの間の。

 屋敷の主であるハクアは悠々とお茶を飲んでいますが。

「僕がいない間に一体何があったんですか」

 もはや呆れたようなサファリの問いに、あの、あの、とまごつきながら、アルジャンが答えます。

「ツェフェリとサルジェが、喧嘩……」

「なるほど、手のかかる恋人(ラバーズ)だ」

 サファリは頭を抱えました。まあ、落ち着け、とハクアのすすめで席に着いたアルジャンが、一から丁寧に説明します。

 曰く、サルジェがツェフェリの誕生日を忘れているとか。サルジェは毎年祝ってくれたのに、とツェフェリがぷんすかしているとか。サルジェもそれに気づいているのかいないのか、ぎくしゃくした雰囲気を醸し出して、ツェフェリと顔を合わせたがらないとか。

 サファリはツェフェリのために用意したプレゼントを渡すのを躊躇いました。これを渡したら、ますます悪化しそうです。

「……はあ、どうしたものか」

 サファリが溜め息を吐くと、ハクアが口を開きます。

「別にいいじゃないか。喧嘩するほど仲がいいという成句があるくらいだ。たまに喧嘩するくらいがちょうどいいのさ」

「軽く言いますがね……アルジャンを心配させるのはちょっといただけないと思うのですが」

 アルジャンは比較的新参者です。屋敷にはだいぶ馴染んできたようですが、不慣れなところも多い中、やっとこさ生活をしている彼女に、今の険悪な雰囲気はきついものがあるでしょう。

 しかし、ハクアはあまり事態を重く見ていないようです。のんびり紅茶を啜りながら、天窓から見える夜空を示しました。

「ほら見てみろ。今宵は月が綺麗だぞ」

「ハクアさま、ロマンもへったくれもない状況下で言わないでください」

 サファリが呆れたような溜め息を吐く中、アルジャンがくんっとその服の裾を引きました。

「……ツェフェリとサルジェ、仲悪いままなの嫌。なんとかできないかな?」

 アルジャンはサファリがこの屋敷に預けた黒人の少女です。サファリは黒人には思い入れがあるので、肩入れをしたくなります。

 仕方ないなあ、とサファリは立ち上がりました。

「アルジャンのために一肌脱ぐとしましょうか」

「何をするんだ?」

 ハクアが面白そうにこちらを見てきます。サファリは再び溜め息を吐いて、ウエストポーチから、カードを取り出しました。

「タロット占いですよ」


 こんこんこん。

 ツェフェリの部屋の戸が鳴ります。ツェフェリは紫色の瞳を上げて、「どうぞ」と短く答えました。

 入ってきたのはサファリとアルジャンでした。サファリの登場にツェフェリが喜ばないことか。いつものようにぱあっと明るい笑顔になり、ぶんぶんと握手をします。サファリはいつも通り、苦笑いです。

「そろそろ来る頃だろうと思ってたよ。ストックは三作あるよ?」

「それは有難い。あ、そうそう、ツェフェリにプレゼント」

「えっ」

 驚くツェフェリにサファリは可愛らしくラッピングされたプレゼントを受け取ります。その目はわかりやすくうきうきとしていて、憂鬱そうだった紫の瞳が、ピンクに変わりました。

「開けてもいい?」

 興奮気味なツェフェリに、サファリはどうぞ、と言います。ツェフェリは丁寧に包装を剥がすと、中から出てきたものに見とれました。

 出てきたのはサファリが先日、鉛筆屋エマというお店で買った筆入れと色鉛筆です。

 あのときは気づきませんでしたが、布製の筆入れも鉛筆屋の商品のようで、[鉛筆屋]の文字が入っていました。それに気づいたツェフェリが更に興奮します。

「これって本当に鉛筆屋の? 鉛筆屋ってあの有名な?」

 その手の人々にはなかなか有名という話でしたが、どうやら本当のようです。ツェフェリの反応は上々でした。

 ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間、サファリはきりりとした表情になり、ツェフェリの前に、タロットカード一揃えを出しました。

 アルジャンにはまるでわかりませんが、さっきからサファリのウエストポーチの中でなかなかに騒がしかったのです。久しぶりに元の主に会えたからでしょう。サファリからツェフェリの手に渡ったからには、もう喋るタロットカードたちはどんちゃん騒ぎです。[審判(ジャッジメント)]の天使が軽やかなラッパを奏で、[節制(テンパランス)]の天使と[女教皇(ハイプリーステイス)]が美しいデュエットをし、[法皇(ハイエラファント)]の老人と主命な[悪魔(デビル)]の声が被って聞き取りづらく、[世界(ワールド)]の少女や[運命の輪ホイールオブフォーチュン]の天使が皆を宥めるという混沌とした音の塊がありました。

 カードたちの相変わらずな様子に、ツェフェリは穏やかなオレンジ色に瞳を変えます。毎度ながらに、アルジャンは不思議だなぁ、と思って見つめていました。

「……今回は長旅だったから、みんな、ツェフェリに会いたがってた。少し、構ってあげて」

「そうみたいだね」

 宥めるのに[正義(ジャスティス)]の女神も加わったところで、気持ちよくラッパを吹いていた[審判(ジャッジメント)]の天使が不満そうな音を鳴らします。カードたちのカードたちなりに仲の良い様子に、自然とツェフェリの頬も綻びました。

 主殿が笑ったであるぞー! と騒ぎ立てる[悪魔(デビル)]をよそに、サファリはツェフェリがカードを握り込まないうちに、カードを拐い、切り始めました。カードたちからの不満の声はもちろんありましたが、何よりツェフェリがきょとんとしました。

「サファリくん? 今、構ってあげてって……」

「うん、だからね、占いを始めるよ」

「え」

 サファリの腕輪がしゃらんと鳴り、サファリの雰囲気が神秘的なものへと変わりました。

 こうなったサファリを止める術をツェフェリは知りませんでしたし、止める気にもなりませんでした。

 ですが、一つ気になることがあります。

「占うって、何を?」

 もっともな疑問です。

 サファリは端的に答えました。

「ツェフェリとサルジェの今後のこと」

 サルジェの名を聞くと、ツェフェリがむっとした表情になります。

「別に、いいよ。そんなの占わなくたって」

 サファリにとってはそれも予想のうちです。

「さっき、構ってくれるって言ったじゃない」

「そうであるぞ、主殿!」

 [悪魔(デビル)]が珍しくサファリの意見に同調します。ツェフェリは目を丸くしました。

 [悪魔(デビル)]が怒りのままに告げます。

「あのサルジェという輩、我々から主殿を盗ったばかりでなく、主殿を困らせているとあっては、我々も黙っておれませぬ。ああ、我輩がカードでなく実体があったなら、サルジェなぞああしてこうして引きちぎってくれましょうぞ!」

 興奮気味にまくし立てる[悪魔(デビル)]に頬をひきつらせるツェフェリ。主思いな[悪魔(デビル)]がもし実体を持っていたなら、本当に何かやりかねないので、洒落になりません。

 アルジャンだけが訳のわからないままでありましたが、サファリが手近な机にカードを広げて混ぜ始めたため、口を出すようなことはしません。占いをするときのサファリは、なんとなくですが声をかけづらいというか……声をかけてはいけないような、そんな雰囲気を放っているのです。

 カードを混ぜながら、サファリが語ります。

「これからするのはタロット占いの基本、六芒星(ヘキサグラム)法だよ」

 言いながら、ツェフェリにカードを手渡します。

 六芒星(ヘキサグラム)法とは、名前の通り、六芒星状にカードを並べ、その中央に最終予想を据えるタロット占いの基本中の基本の展開(スプレット)です。今回の場合、占いたい事象は一つなので、最も適した展開(スプレット)でしょう。

 ツェフェリもなんだかんだ言いながらも協力的です。きちんと、「サルジェとボクの未来がどうなるか教えてください」と祈ります。ツェフェリはサルジェに怒っているようですが、サルジェを嫌いになった、というわけではないようです。

 ツェフェリが切ったものを手渡され、サファリは展開(スプレット)を開始します。

 六芒星を描くようにまずは逆三角に展開し、それから普通の三角に展開、中央に一枚置きます。

「六芒星が[過去][現在][未来][周囲の状況][潜在意識][対応策]、真ん中が[最終予想]になっているよ」

 六芒星(ヘキサグラム)法を知らないアルジャンがうんうんと頷きます。アルジャンはツェフェリの元で絵を描いていたので、少しだけタロットのことも覚えています。

 ツェフェリは不機嫌そうなまま、サファリが展開した六芒星(ヘキサグラム)を見ています。

「では、解釈(リーディング)を開始します。まずは過去」

 開いた過去は[恋人(ラバーズ)]。恋人としてツェフェリとサルジェは充実していたようです。

「現在は……[正義(ジャスティス)]の逆位置(リバース)。ツェフェリは今の状況に不満を抱いている」

「……合ってる」

 サファリの占いは相変わらず好調なようです。ツェフェリは膨れっ面ですが、その腕を認めているようです。

 未来をめくると、[(ムーン)]の逆位置(リバース)が出てきました。

「[(ムーン)]は不安の象徴。それの逆位置っていうことは、今の不安は振り払われると考えた方がいい。

 ……サルジェの行動にも、何か訳があるのかもしれないよ」

「言わなきゃわかんないもん」

「そりゃそうだ」

 サファリは苦笑しながら、周囲の状況のカードをめくります。[戦車(チャリオット)]の正位置です。

「[戦車(チャリオット)]は戦場に味方を助けに向かっている様子を表しているので、味方という意味を持つ。ツェフェリの味方なのか、サルジェの味方なのか」

「……私は、ツェフェリの味方」

「ありがとう、アルジャン」

「僕だって、ツェフェリの味方だよ」

 張り合う二人にツェフェリが笑みを綻ばせます。

 さて、続いて潜在意識です。

「[女教皇(ハイプリーステイス)]。理知的であろうとしている、のかな?」

 もしかしたら、落ち着かないのを落ち着こうとしているのかもしれません。逆位置なので。

 それから、対応策です。

「[吊られた男(ハングマン)]の正位置。我慢することが解決策、みたいだね」

「耐えるのー?」

 ツェフェリが不満そうな声を上げる。これで結構我慢しているのでしょう。

 サファリがまあまあ、と宥めます。

「待ってたら、サルジェの方から何か行動を起こすってことじゃない?」

「む……」

 じゃあ待つか、という辺りツェフェリはサルジェに甘いのです。

「ついでに最終予想を見てみようか」

 そこで出たのは──



タロットカードナンバーⅩⅧ

[(ムーン)]

基本的な絵柄→薄い月明かりの下、二匹の犬と一匹のザリガニが月を見つめている。

カードの持つ意味→月明かりの儚さを表してか、不安という意味を持つ。


物語は次回に続きます。


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