塔 -タワー-
サファリくん、口説かれるの巻。
一目惚れというのは厄介なものです。
そろそろツェフェリたちのいる街に戻りたいと思っていたサファリですが、その手前の街で足止めを食らっていました。
「私と結婚してください」
「無理です」
交際もお友達からも何もかもを飛び越えていきなり結婚、とサファリに突っ込んでくる女性がいました。
サファリがこういう女性に対面するのは何も今が初めてではありません。サファリは雲のような白髪に空を映した海のような瞳を持つ、顔立ちの整った少年です。年齢不詳なミステリアスな感じと、子どもっぽい印象の見た目と違い、クールな印象があるのが、なかなか女性にウケるのです。
けれど、サファリは旅の行商人。収入が安定しているわけでもありませんし、店の切り盛りは一人でやるのが精一杯。今は自分一人で色々やる気楽さを得ているので、女性の提案に乗ることはしませんでした。
それ以前に。
「貴女にはお相手がいるでしょう」
「あんな親が勝手に決めた人のことを好きになれるわけないじゃないですか」
そう、この女性には婚約者がいるのです。聞くに、親が勝手に縁談を持ってきて、本人に確認も取らずにOKを出したのだとか。そんな親の手管にサファリは思うところがないわけではありませんが、だからといって、婚約者のいる女性と付き合うなんて、常識はずれも甚だしいところでしょう。
まあ、女性は勝手に自分の人生にレールを敷かれたことが気に食わない、というのが端的な表現でしょう。
そんな女性の目にサファリが留まったというわけです。
切り盛りが大変、とサファリは女性に言いましたが、女性の見るところ、サファリは大変商売上手でした。素人目から見てもわかるくらいに。呼び込み上手で売り込み上手。彼は商人になるために生まれたのでは、と思うほどに商売が上手いのを、女性はちゃんと見ていました。
そう、女性はちゃんとサファリという人物を見て、判断しているのです。
そこがサファリとしては難点でした。女性から告白されたことは何回かありますが、ここまで理路整然と押してくる人物は初めてでした。そう、何日もつきまとわれているのです。サファリはきっぱり断っているのですが、根気強いというか、なんというか。
とにかく、この押しの強い女性に、サファリは困っていました。さて、どう対処したものでしょう。
サファリは、普段なら最終手段として出すタロットを出すのを躊躇っていました。何故なら、なんとなく逆効果になりそうだったからです。
見たところ、女性は押しは強いですが、女性らしいところが全くないというわけではないのです。ここ数日で得た情報と彼女の性格から鑑みるに、サファリがタロット占いなんてできると知ったら、「タロット占いができるなんて素敵。やっぱり結婚してください」と言われることが目に見えています。
ですが、サファリの占いは時に残酷なまでに正確です。これまで失敗したことはないように思います。ちょっとしたインチキも含めて、全部。
サファリの占いは、時にイカサマを使うことがあります。マジックとかのテクニックを使って、引かせたいカードを引かせたり、様々な展開を逆向きで解釈したり、それはまあ、色々と。そんなイカサマも含め、サファリの占いというのはとりあえずサファリにとって良い方向に物事を進めてくれる一つの道具なのです。
イカサマをするには、少々手間がかかります。サファリをよく見ているこの女性にイカサマなんてしようものならすぐに見抜かれるでしょう。そうしたら、イカサマをばらさないのを条件に結婚、などと言われかねません。
一か八か。サファリが最終手段として執るべきは一つ。
もう神頼みでもして、タロットたちがサファリのいい方向に未来を示してくれることを祈るくらいしか。
イカサマもインチキもなし。サファリはその一か八かに挑戦することにしました。
「では、占いで決めることにしましょう」
「占い?」
「タロット占いです。恋愛事とかの相性占いもできますよ」
「相性占い!? それなら是非やってほしい」
顔を間近に近づけて、女性は言います。迷いのないその様子から見ると、よほどサファリに入れ込んでいるのでしょう。サファリは溜め息を吐きたい気分になりながら、愛用のタロットカードを出します。
それから少し考え、何の占いにしようか悩みます。
恋愛占いの定番は愛の架け橋ですが、今回の相手の女性には婚約者もいるのです。そのことも踏まえて考えると……
「三つの運命がいいですかね」
「スリーロッツ?」
女性が疑問を浮かべて、続けます。
「そのスリーロッツっていうのは、相性占い?」
「いいえ」
サファリははっきりと説明しました。
「三つの運命というのは名前の通り、三つの選択肢の中の未来を占うものです。貴女の場合は僕との相性だけでなく、婚約者さんのことがありますから、[僕との未来]、[婚約者さんとの未来]、[その他の未来]という三つで見定めた方がいいと判断しました」
「その他なんてあるのかしら」
「意外とあるものですよ」
言いながら、サファリは手慣れた様子でカードを混ぜていきます。ぐちゃぐちゃに混ぜたものを一つに纏め、それから三つの山に分けて、適当に戻します。
女性にも、カードを切ってもらいました。占いたいことを念じるように言うと、「サファリくんとの良い未来が出ますように」などと口にしていました。サファリは苦笑いで流しつつ、受け取ったカードを展開していきます。
左から順番に五枚重ねて、その上に二枚並べます。その動作をあと二回繰り返し、手札は一枚になります。
「これで展開は以上です。解釈を開始します」
「残りの一枚は?」
「この占い全体の鍵となるカードです」
端的に答えると、サファリは腕輪をしゃらん、と鳴らしました。すると雰囲気が一変。普通の少年だったのが神秘的なオーラを纏います。
占い師の顔になったサファリを見て、女性はどきりとしました。何もかもを見通すようなそんな目に、女性はますます惹き込まれます。
占い師モードになったサファリは、淡々と解釈を開始しました。
「左側から、[婚約者さんと結ばれた場合]、[僕と結ばれた場合]、[その他の場合]になっています。ああ、言い忘れていましたが、タロット占いは占い師と同じ方向から見ないと正しい意味を見られませんよ? それから、下から順番にそれぞれの場合の[現在]、[未来]、[最終予想]となっています」
ふむふむ、と女性がサファリの隣に座りながら、頷きました。
「ではまず[婚約者さんと結ばれた場合]から」
[現在]のカードをめくります。[正義]が裏向きで出てきました。
「ひっくり返ってる」
「ああ、直さないでください。タロット占いにとって、カードの向きも大事なのです」
それから一つ咳払いをし、サファリは続けました。
「[正義]は名前の通り、正義を示します。同時に公平さというのも表します。それが逆位置で出たということは、貴女は婚約者さんとの婚約を不満に思っているということになりますね」
当たってる、と感心する女性の傍らで、今度は[未来]のカードをめくります。めくれたカードは[吊られた男]の逆位置。
「[吊られた男]は忍耐という意味を持ちます。それが逆向きとなると、忍耐が続かなくなるか、我慢に我慢を強いられ続けるか……まあ、あまり良い結果ではないことは確かです」
それ見たことかという顔を女性がしますが、それは早計というもの。まだ[最終予想]が残っています。
その[最終予想]でめくれたのは──
「[太陽]の正位置ですね」
サファリがふっと笑ったのに、女性が尋ねます。
「どういう意味なの?」
サファリはまず、端的に言いました。
「いい意味です」
にこにこと語ります。
「[太陽]は幸せを象徴するカードです。恋愛面においては結婚を示すカードとしても知られていますね」
「ええっ」
あり得ない、といった顔で女性はサファリを見ます。サファリは肩を竦めてみせました。
「親の敷いたレールが気に食わないのはわかりますが、それでいい男性をみすみす見逃すことになるくらいだったら、そのお相手とちゃんと向き合ってみてはいかがですか?」
「ぐぬ……」
サファリは次いで[サファリと結ばれた場合]のカードに手をかけました。
現在に現れたのは[皇帝]の正位置です。
サファリは苦笑しました。
「随分僕を信頼なさっているんですね」
女性がむう、と頬を膨らませます。
「だって、好きになった瞬間から、私はずっとあなたを見てたもの」
それはストーカーと言わないか、と思いましたが、障らぬ神に祟りなしです。
「あなたの真面目で誠実な姿に惹かれたの」
誠実、か、とサファリは遠い目をします。
「僕には誠実なんて言葉、似合いやしませんよ。商人なんて口八丁ですからね。とても信頼できたものじゃありませんよ?」
「商人のあなたが言うの?」
「僕だから言うんです」
女性がくすりと笑うのを横目で見ながら、サファリは[未来]のカードをめくります。
出てきたのは[力]の逆位置です。
「これは理性を示すカードですが、今は逆向きです。つまり、感情的になる、ということですね。それくらい熱狂的な恋愛になるのでしょうか」
サファリは自分が色恋を取り扱うところなんて想像できませんでした。
一方、女性は目をきらきらさせています。
「熱狂的な恋愛……憧れる」
女性の感性はサファリには理解できません。[最終予想]のカードを引きました。
出た絵柄は立派な塔が雷に当たり、崩落していくものです。サファリにとっては好都合ですが、自分の関わりのある占いで出ると複雑な心境になります。
出たカード──[塔]は正位置にしろ、逆位置にしろ、ろくな意味はないのです。今は逆位置。正位置と逆位置によって示される不幸の違いは、正位置が自分で過ちを犯すもの、逆位置は他人の過ちに巻き込まれるもの、という意味合いを持ちます。つまりサファリは、この女性に振り回されて、散々な目に遭わされる、ということです。
色恋沙汰で巻き込まれてとんでもない目に遭うというと、修羅場か──
「心中、はやめてくださいね」
そんなことしないよ、と女性はけらけら笑いますが、人間の心境なんて、案外ころっと変わるものなので、信用できません。
さて、[その他の場合]も見てみましょう。
[現在]──[月]の正位置。[月]は不安を象徴するカードです。つまり、女性はその他の可能性に関してノーマークということ。
[未来]──[星]の逆位置。[星]は希望の象徴ですから、その逆となると、脈なし、と取れます。
[最終予想]は[死神]の正位置。恋愛の滞りなども示しますが、もしかしたら、恋愛が上手くいかなくて自殺するのかもしれません。
とにかく、いい結果は出なかったので、[その他の場合]は除外していいでしょう。
「この結果を見て、貴女はどう思いますか?」
ろくな結果が出たのは、まさかの婚約者を選んだ場合です。女性はうーん、と唸りました。
そこであ、とサファリは最後のカードを出しました。この占い全ての鍵となるカードです。
現れたのは、崖っぷちを荷物を掲げて歩く危なっかしい青年。[愚者]の逆位置でした。
「これは、向こう見ずな行動を採りがち、ということを示します。駆け落ちでもして、失敗でもするんですかね」
ここまでくるとサファリはもはや他人事です。まあ、これだけの結果が出揃ったのです。真っ当な人間が選ぶとしたら、選択肢は一つしか残されていません。
未だにうんうん唸っている女性に、サファリはそっと耳打ちします。
「僕の占いはよく当たるんですってよ」
その言葉に、女性は愕然と肩を落としました。
こうまで言われては仕方ないです。女性は占いを全く信じないという質ではなかったので。
「……わかりました。私はここで頑張ってみます。
占い、当たってなかったら、恨むからね」
本気っぽいその言葉にサファリを肩を竦めて、それから仕事に戻りました。
上手くいってよかった、と内心で息を吐きながら。
タロットカードナンバーⅩⅥ
[塔]
基本的な絵柄→天を突く塔が雷によってぼろぼろと崩壊していく姿
カードの持つ意味→崩壊、破滅。タロットカードの中で唯一、正位置でも逆位置でも悪い意味を持つ。
正位置の場合、自分が起こした出来事で不幸が起きる、
逆位置の場合、他人が起こした出来事に巻き込まれて不運に見舞われる、
という解釈がされる。逆位置の方が悲惨な意味である。




