悪魔 -デビル-
[悪魔]のカードを突き付けられたアスク氏は非常に落ち着いていました。サファリとはまるで対照的です。
サファリの母は娼婦で、娼館から逃げ出して、悪党に殺されました。死の間際、彼女は行商人の男性に我が子を託しました。その行商人というのが、サファリが父親と呼ぶ人です。
アスク氏は言い訳も何もしません。ただ、サファリという少年の激情を受け止めました。
「主よ」
そこでふと、サファリの耳にアスク氏によく似た渋い声が聞こえました。聞き覚えはあります。
ツェフェリの初めての作品であるこのタロットカードたちには不思議な力が宿っており、特定の人物には声が聞こえるのです。
サファリはカードたちに認められた特定の人物の一人でした。
「主よ、激情に流されるでない」
語りかけているのは、[悪魔]です。ツェフェリ愛の強いカードなので、サファリに話しかけてくるのは珍しいです。
サファリは[悪魔]のカードを見つめました。
[悪魔]は語ります。
「我は憎しみを表すカードでもある。お主たちの現在は我。それは誘惑であり、憎悪である。我は人間の想像の産物であり、我は人間の欲と悪が詰め込まれたものだ。
我に囚われてはならぬ。我に囚われたならば、お主は我らを持つ力を失う。
我はお主を好かぬが、皆はお主を主と認めている。その心意気を無下にする気か」
「そんな、つもりは……」
やはり、[悪魔]はサファリを好いていないようです。ですが、他のカードたちは、サファリがどんなサファリでも、主と認めてくれています。だから、サファリにはカードたちの声が聞けるのです。
[悪魔]もこうは言っていますが、サファリが声を聞き取れる辺り、そう嫌ってもいないのでしょう。
その声を受け止め、サファリは顔を上げます。
その目からは怒りが消え去っていました。アスク氏はその目に魅入りました。サファリの母によく似た海の色の目に。
かつて、アスク氏はサファリの母を娼館で見かけ、心を惹かれていました。助けてやりたいと思う気持ちもありましたが、その当時のアスクには彼女を救えるほどの力はありませんでした。彼女を娼館から買い取る財力も、その後を保証することもできませんでした。
ハクアには恋の病だな、と笑われましたが、アスクはあの女性が好きでした。
けれど、叶わぬ恋。彼はその女性を諦め、領主子息として役目を果たしていました。
そして、その女性が死んだことを、大人になってから知り、悔やみました。
「私は、何もできなかった。それを今でも悔やんでいる。心に穴の空いた私は、彼女の姿を追い求めるように、美しい絵画を追い求めた。……きっと、このカードは、君がツェフェリを知るというのなら、ツェフェリさんは君の中の君の母親を描き出したんだろうね」
[節制]のカードを手に懐かしいものを見るように見つめました。その目には慈しみがありました。
サファリが[節制]のカードに手を伸ばします。アスクは素直に手渡しました。
サファリは一つカードを見つめると、そのカードを抱きしめ、その場に崩れました。
タロットカードナンバーⅩⅤ
[悪魔]
基本的な絵柄→おどろおどろしい悪魔が、鎖につながれた男女を引き連れている様子
カードの持つ意味→誘惑、堕落、憎悪




