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吊られた男 -ハングマン-

久しぶりのワンオラクルです。

そして久しぶりの女泣かせサファリくん。

「もう我慢ならないわ! あんな店、やめてやる」

 帰宅なのでしょうか。その街ではそこそこ大きなお店から、一人の女性がぷりぷりと怒りながら出てきました。通りは夕暮れで赤く染まっています。女性が降りてきた外に通じる階段の横合いから、一人の少年が出てきました。少年は何かを探しているのか、熱心に地面を見て回っていて、女性に気づいていません。女性も怒りの感情に取り憑かれているようで、前がちゃんと見えていないようです。

 危ない、と道端の誰かが思ったときにはもう遅く、女性と少年は大激突しました。それはもう派手に音が出るくらい。

「いっ」

「いったーい。もう、どこ見て歩いて……」

 女性は苛立ちのままに、少年を怒鳴りつけようと思いましたが、固まります。少年を見て、目を見開きました。

 地面から起き上がった少年は白い雲のような色合いの髪に海を思わせるエメラルドグリーンと水色が混じり合ったところにちょっと乳白色を射したような、惹き付けられる目を持っていました。単純に言うと、美少年です。

 言葉を失うような少年の美しさに女性は呆然としてしまいました。それに気づいているかどうかはわかりませんが、少年は立ち上がり、ぺこぺこと頭を下げました。

「申し訳ございません。僕の不注意で……お怪我はありませんか?」

「え、ええ、大丈夫よ」

 なんて紳士的な対応でしょう。もう一度ぺこりと頭を下げて去ろうとした少年ですが、ふとあることに気づいたらしく、こう口にします。

「あの……お手数ではございますが、足元に落ちているカードを拾ってはいただけませんか?」

「え? ええ」

 女性は虚を衝かれて、自分の足元を見ます。すると、右足の爪先の辺りに裏向きのカードが落ちていました。もう少しずれていたら踏んでいたところです。どうやらこの少年の持ち物のようなので、踏まなくてよかった、と女性は思いました。まあ、他の人のものであれ、自分のものであれ、理由もなく踏むのはよくないことではありますが。

 女性は拾い上げ、ついでにちら、とカードを見ます。絵の描かれたカードです。そこには樹の枝に足を結びつけられ、まっ逆さまに吊り下げられている男の絵がありました。

 女性は思わず呟きます。

「……変な絵」

 すると少年は少し口を尖らせて言いました。

「変な絵とは失敬な! これは最近流行っているタロット絵師ツェフェリの作品ですよ」

「タロット?」

 女性は流行に疎い人物でした。バリバリ働く女性です。仕事第一、他は結構ずぼら。まあ、ずぼらは余談ですが。

 昔から男勝りと言われ、それを褒め言葉だ、と受け取るくらいに漢らしい性格をしています。

 故に、彼女は女性らしい趣味を持ち合わせてはいませんでした。例えば、絵とか占いとか。

 女性が知らないのを理解したらしく、少年は持っていたカードの束を示して説明します。

「僕はしがない行商人ですが、占いもやるんです。その繋がりで、今やその業界では名を知らぬ者はいないと言われるタロット絵師、ツェフェリの描くタロットカードも取り扱っているのです」

「……へぇ」

 女性は心底興味がありませんでした。占いなんて眉唾物だと思っていたのです。

 信じていないらしい女性を見て、少年は少々立腹した様子で、では、と人差し指を立てました。

「今実際、貴女について占ってみましょう」

「え? 今?」

「ええ。カード一枚から読み取れることは、わりとたくさんあるのです。貴女が持つそのカードは、さっき僕がたまたま落としてしまったカードで、名前は[吊られた男(ハングマン)]と言います。その一枚のカードから貴女について解釈(リーディング)をしてみせましょう。その解釈(リーディング)があたっていたら、貴女も少しは信じてくれますよね?」

「ええ」

 やけに強気な少年を見ても、女性はまだ占いを眉唾物だと思っていました。たった一枚のカードから、一体何が読み取れるというのでしょう。

 しかし、悠然と構えていた女性は、少年のブレスレットがしゃらん、と鳴るのに雰囲気が一気に変わったことを感じ取ります。今、女性の目の前にいるのは一介の行商人というより、占い師のようでした。噂で聞くような胡散臭さは感じられません。ただ、神秘的なオーラを少年は一瞬にして纏ったのです。

 少年は口を開きます。

「まず」

 女性の持つカードを指差します。

「その[吊られた男(ハングマン)]の基本的な意味は忍耐です。木に逆さまに吊り下げられても耐え忍ぶこと、というのがそのカードの持つ意味なのです」

 少し心臓の鼓動を早まらせながら、女性は「それで?」と続きを促します。

 少年はすらすらと述べました。

「貴女は今、忍耐という点において、問題を抱えていますね? これまで働き先で様々なトラブルに遭い、それでも耐え忍んできた。貴女は忍耐の人だ」

「えっ」

 何故そんなことを? と思いましたが、女性はぎりぎりのところで言葉を飲み込みました。少年の言ったことはどんぴしゃり、女性の現状だったのです。

 少年は少し剽軽な調子で肩を竦めました。

「まあ、こんなの占いでもなんでもないですね。さっきのお声、しっかり聞こえていましたよ」

「あっ……」

 女性は思い当たり、一気に頬を赤らめます。階段を降りてくるときに上げていた声を聞いていれば、なんとなく察しのつくことです。まさか聞かれているとは思いませんでしたが。

 少年はそれはさておき、と続けました。

「貴女にはもう一つ、耐えていることがあります。貴女がどのような性格かは初対面なので存じ上げませんが、……そのカードは恋愛面においても忍耐を表すカードなのです」

 恋愛、という言葉に、女性の肩がびくりと跳ねました。

「お相手は、貴女は仕事熱心な方のようですので、職場で知り合った方でしょうかね。……けれど、貴女はいきなりその人に気持ちを告げることができずにいます。

 もしかしたら、上司と部下の関係だからかもしれませんし、元々恋愛なんて自分の性に合わないと思っているからかもしれません。とにかく、貴女はその恋心に待ったをかける要因を持っていました。特に、精神的に。つまり、耐え忍ぶ恋をしているわけです。気持ちを打ち明けるタイミングを慎重に計りすぎて、その忍耐が重荷になっているのではありませんか?」

 少年の解釈(リーディング)に女性は目が零れんばかりに見開くのみ。何せほとんど当たっていたのですから。

 女性には職場に想い人がいます。けれどこれまで、女性的なことに首を傾げ続けてきた自分がいきなり、惚れた腫れたの話をしても、相手も周りもぽかんとしてしまうと思ったのです。ぽかんとされるだけならまだしも、冗談だのと笑い飛ばされてしまったら、心が折れてしまいそうな気がするのです。

 仕事も、ありとあらゆるトラブルが女性にこれまでたくさんのしかかってきました。大変なのが自分だけとは思いません。ですが、数々のトラブルの連続、その事後処理のお鉢が自分にばかり回ってきているような気がして、苛立っていたのです。

 こんな店、やめてやる、とまで思っていました。ですが、この職場は想い人がいる場所、唯一想い人と交流できる場所であるため、安易にやめることもできずにいました。

 そんな悩める女性に、少年は道を示します。

「そんな貴女に良い未来を示すのも、その[吊られた男(ハングマン)]なのです」

「えっ」

 少年は微笑みを湛えて告げました。

「[吊られた男(ハングマン)]は先程も言った通り、忍耐を象徴するカードです。貴女がそのカードを拾ったのもまた、一つの運命なのでしょう。……もう少しだけ、頑張ってみてはいかがですか? その先に道が開かれます」

「そ、そんな、あんたに何がわかるっていうのよ!」

 女性は憤慨しました。仕方のないことでしょう。少年は女性も見も知らない旅の商人です。そんな輩に女性がこれまで一体どれほど頑張ってきたか、わかるわけがありません。それなのに、もっと頑張ってください、というのです。怒って当たり前と言えるでしょう。

 少年はたじろぎません。淡々とこう告げます。

「このカードは忍耐を示すカード。忍耐の先に未来が待っているんです」

 では更に未来のことを占いましょう、と少年は言い、女性からカードを受け取って、混ぜます。

 何度か切ると、一枚引くように少年は言いました。女性はもう破れかぶれで引きました。

「引いたカードは……なるほど」

 女性が引いたのは[世界(ワールド)]のカード。あらゆる生き物が人間の少女を囲む花畑といった光景が描かれています。

「このカードは調和を表すカードです。これまで頑張った分、貴女はきっと、報われます。それが調和が取れるということなのですから」

「あ……」

 女性の目からほろり、一筋の涙が零れました。

 少年はカードを返してもらい、そっと立ち去りました。

 報われる、というお告げに女性はあと少しだけ、頑張ってみる気になりました。


「もう少しの忍耐です」

 少年は店に戻り、[吊られた男(ハングマン)]のカードを見つめてそう言いました。



タロットカードナンバーⅩⅡ

[吊られた男(ハングマン)]

基本的な絵柄→樹の枝に足を結びつけられ、逆さ吊りになっている男。

カードの持つ意味→忍耐を意味する。悪い意味だと我慢。逆位置だと我慢の限界という意味にもなる。


ちなみに

ハングマンは英語の綴りでは「THE HUNGED MAN」。HUNGEDは過去分詞形。ちょっとした英語の豆知識でした。


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